つんく♂
つんく♂<!--zzzつんく♂/zzz-->


1399. 長文の人 # 2018年10月20日 06:38 ID: wCxaQRTM0
しかし、関係ないかもしれないですけど日本人の「歌詞偏重」的な「聴き方」と
いうものを私は昔から危惧しててですね、音やメロディやリズムに何も言及されずに
歌詞だけで「語られる」ミュージシャンがいかに多いか、これは多くの方にも
気付いてもらえる事実だと思います。
もちろん「音」って言葉にするのは難しいわけで、仕方なく「歌詞」という言葉
そのものを言葉で語る、という評論方法になってしまう。そして「音」に関しては
「何かに似ている」と語りやすい。誰々の影響が感じられる、なんて書けば
それだけで音楽ライターの仕事は一丁上がりなわけですw
だからハロプロって「音楽批評」の場では「語られにくい」音楽だったんですよ。
以前、業界からの締め出し、という側面からこの「批評対象外問題」を書きました
けども、それ以上につんく♂の作る音楽が単なる「誰々の影響」という分析だけ
では語れないくらいに豊穣なものだからなんですよね。
日本の音楽批評でどうしようもないと思うのはその部分で、必ず海外音楽の影響が
わかりやすいものこそが「高く評価」される。

1400. 長文の人 # 2018年10月20日 06:40 ID: wCxaQRTM0
普通は「批評」という文芸形態においては、そういう影響元がわかり易いものほど、
「モノマネ」はいい加減にして「オリジナリティ」を、という辛口の批判になるはず
なんだけども、こと「音楽批評」となると違ってしまう。
評論家ウケする我が国の音楽、というものを皆さんもぜひ思い浮かべてみて欲しい。
必ず「引用」の部分を褒めてしまってる事に気付くはずです。
例えばウルフルズがどうのこうの書いてる人がいましたけども、彼らは「引用」の
大家である「はっぴいえんど人脈」に連なってる事が、まず大きい。
大滝詠一の「福生ストラット」のカバーをやってただけなんですけどねw
しかし「はっぴいえんど史観」でしか日本のポップスを語れない評論家達はそこに
こそ注目してしまう。そして彼らは優秀なバンドではあるけれども、大滝詠一や
細野晴臣に対する批評がそうだった様に、外国音楽のマニアックな「元ネタ」を
言い当てる事で、評論家は仕事をした気になれる。
これが世界から隔離されたガラパゴスの悲しさでしてw、外国のオリジナルと較べて
どうか、という視点は最初から放棄している。

1401. 長文の人 # 2018年10月20日 06:41 ID: wCxaQRTM0
まあウルフルズ程度だと私からすればマニアックですらないんですけど、60年代の
アメリカのR&Bに対するリスペクトが云々、といった文脈で「褒められる」。
この話はすべての評論家ウケするミュージシャンに当てはまるんで、パフューム
だってそうですよね。テクノポップというドイツのクラフトワークを元祖とする
外来のスタイルがまずあって、それをYMOなどの日本のミュージシャンも真似る事で
80年代にひとつのジャンルとなった。その影響というか、21世紀にテクノポップを
蘇らせた、みたいな文脈で当時を知ってるオッサン評論家たちが「絶賛」する。
ベイビーメタルならば「ヘビメタ」という海外由来のものがまず先にあって、
宇多田ヒカルならば90年代のR&Bというものが先にあって、渋谷系ならば80年代
末期の「レアグルーヴ」だとか「ネオアコ再評価」といった海外のムーヴメントに
そのまま「後乗り」している。そういう「ものまね」路線の方が音楽評論家にとって
「語りやすい」というだけの事なんですよね。
いや、これ今パッと頭に無数の例が浮かびましたんでw、たぶん「すべて」です。
で、真にオリジナリティがあるものっていうのは、あまり評価されない。

1402. 長文の人 # 2018年10月20日 06:43 ID: wCxaQRTM0
小室哲哉がわかりやすくて、あの人の作り上げた「小室節」というものは海外には
ないわけだから、表面のダンスミュージック的な部分だけを取り上げて、例えば
「ジャングル」という当時の海外のマイナーな音楽を「売れ線」にしてしまった、
みたいなバカにした批評になってしまう。
そして、同じ事がつんく♂にも言えてしまうんですが、つんく♂の場合は小室哲哉
よりも更に「巨大」なので、批判すら書けない。よって音楽批評の場からはずっと
「無視」され続ける、という結果になっています。

もちろんモーニング娘。の最初の頃はLOVEマシーンはジャクソンシスターズだとか、
引用元を発見して「70年代ディスコへの愛情」みたいな鉄板の批評も散見された。
しかし、あの作品量ですからね、批評家の方が知識的にも付いていけないw
そして何よりも一番重要なのは、つんく♂も小室同様に海外作品からの引用以上の
独自の「つんく♂節」を強固に築き上げてしまっている。
こうなると、批評家の「言語」では語れなくなってしまう。そして触れない方が
身のためだ、となってしまう。

1403. 長文の人 # 2018年10月20日 06:46 ID: wCxaQRTM0
更には、音楽評論家というのは基本「洋楽」を聴いて育ったミュージシャン崩れの
様な人が多い。そういう人達というのは日本の「歌謡曲」というのを潜在意識で
バカにしている。よってつんく♂の中の「歌謡性」に関する批評の言語を持って
いないんですよね。児玉雨子が近田春夫に買われているらしいですけど、この
近田春夫という人だと、結構評論家ウケもいい。これは彼の「歌謡曲好き」には
「批評性」がある、というロジックなんですよ。近田春夫はホント感覚が人よりも
先に進んでいた人でね、70年代の時点で「ロック」の人だったのに郷ひろみの
カバーなんかをバンドでやっていた。そういう「行為」は「批評性」がある、と。
ね、意味わからないでしょ?w いや、音楽業界ってそういう「村」なんですよw

まあ近田春夫は凄く才能がありますけれども、私から見るとその才能は音楽家と
いうよりも「みうらじゅん」の様な才能の形ですね。誰もまだ面白がっては
いないものをいち早く「面白がれる」才能。仏像だとか、ゆるキャラだとか、
みうらじゅんの方がそれらを面白がるための独自の「視点」を「発明」している分、
完全に「上」だと思いますが、でも日本の音楽家で「ロックはダサい」と最初に
言ってのけたのは近田春夫なんでw、それだけでも偉い人ではあります。

1404. 長文の人 # 2018年10月20日 06:48 ID: wCxaQRTM0
話を戻すと、つんく♂には「批評性」なんていう「小賢しい」企みは皆無ですね。
自分が面白いと思ったら片っ端から全部やってしまう。しかもそれらを全部自分の
中で咀嚼してグッチャグチャにしてしまった上で提出してくる。
こういう人は確かに非常に「語りにくい」。更には明確に「歌謡曲」の伝統に
連なっていて、海外のロックやポップス専門の批評家達にはわからない部分が
多過ぎる。筒美京平ならば彼らも評価できるんですよ。それはネタ元がいつも
わかり易いから。森高もつばきも歌ってる「17才」ならばリン・アンダーソンだね、
とか。海外の音楽に常にアンテナを張って、すぐに応用する、凄い、と。
つんく♂だって全方位にアンテナ張ってるだろうけども、出てくるものがもはや
「つんく♂節」なので原型がよくわからない。わかるとしたらアレンジの部分に
しかないので、仕方なくアレンジャーを褒めたりする。
そういう「大天才」ならではの「語られなさ」というものが確実にあるわけです。

1405. 長文の人 # 2018年10月20日 06:49 ID: wCxaQRTM0
あと、何度も私は書いているけれども「リズム」に関しては、全くの未開の地で
ある、という事。結局は「変態リズム」くらいの語彙でしか語れない。
それは褒め言葉ではあるけれども「よくわからん」と言ってるのと同義なんで、
やっぱり「批評」の俎上には乗せにくい。
もちろん私だってあまり上手に伝えられていないわけですが、しかし言語化が
難しくてもとんでもない天才だ、という事くらいはまともに音楽を聴いてきた人
ならば誰でもわかるはずです。

この「天才」とは何か?という問いについては以前も書いたかもしれませんが、
一番簡単な判別方法は「量」ですよね。天才とは量である。
「量産できる」という人が天才なのは古今東西、どの芸道でも同じなのであって、
葛飾北斎やピカソを見ればわかります。生前評価されなかった人であっても、
例えばゴッホなんて絵の具も買えなくて弟にねだってるくせに、萎れて枯れかけた
汚い「ひまわり」の絵を凄い数描いている。絵の具いっぱい使ってw

1406. 長文の人 # 2018年10月20日 06:50 ID: wCxaQRTM0
例外的に若くして「夭逝」してしまった人。こういう人に関してはもし生きてたら
もっと凄いの作ったんじゃないかなあ、という期待込みで「天才」とされる。
まあ、これは戦死した軍人の階級が上がる様なもので、下駄を履かせてあげる事で
追悼の意を表す、といった意味合いが強いでしょう。
他は例外なく「量」なんで、そこにはもちろん「量」を生み出せるくらいに「好評」
であった、という意味が含まれます。だから「歌詞」についてだってつんく♂は
とんでもない数を量産してますんで、それだけで「天才」認定は出来ます。
そうなると秋元康も天才という事になりますがw、あちらはコピーライター的な
作詞家としての天才でしょうね。文学タイプとは言えない。
つんく♂の文学性というのは説明が難しいんで、私は「野蛮な文学」と括っている
わけですが、文学を知らないからこその斬新な表現、というものが沢山ある。
そしてそれは単なるコピーライター的なものではなく文学的にも評価が出来る。
朝井リョウみたいな本当に実力のある作家が本気で傾倒してるくらいなんだから、
そんな天才性くらいは、わからない人も認めてあげて欲しいんですけどねぇw


*情報を教えてくれた方
ありがとうございます
m(_ _)m






  •  コメント一覧 (217)

      • 118. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:09
      • まあ相手が「亡霊」ですからそりゃあ「目くらまし」の色んな妖術を使って
        きます。曰く「海外のトレンドを日本でいち早く先取りした」だとか、
        「アーティスト様なのでテレビには出ませんがアルバム作りを行っている」だとか。
        そんな妖術を食らった人達がしつこく「歌謡曲」をやろうとしていたシャ乱Qを
        「ダサい」と決め付ける。いかがわしさ=歌謡曲なんだから当たり前なのに
        いかがわしい、と断罪する。自分の聴いてるのはカッコいいJ-POPだもんね、と。
        しかし正体を暴いてみせればJ-POPはただの明治の唱歌である。枯れ尾花よりも
        なんだそりゃ感の強いトホホさであります。
        これがなんでトホホなのかと申しますと、それすなわち「近代」の復権、という
        話になってしまう。ポストモダン、という80年代に新時代を期待した空気感とは
        何だったのか?日本だけの狭い話にもこれは留まりません。インターネット文化
        事態がそんなある種のポストモダンを期待されていた。しかし、現実を見れば
        わかる通り、むしろ以前よりも近代的な、「異物」を排除する近代合理主義の
        便利な「装置」でしかない。「異物」は土星の輪の一番外側の軌道の「周縁」に
        点在するだけである。「中心」は「空洞」であって、その「空洞」の中に
        「集金装置」というただの機械がスッポリと納まって居座るだけ。
      • 0
      • 119. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:10
      • 「続くの人」の書かれている問題意識や、つんく♂に対する期待というものは
        こういった近代合理主義批判の色彩を幾重にも纏っている。
        私も流石にそれが読み取れないほどには、まだボケてはいないw
        しかし、この様な話を書けば、必ずやつんく♂だって取り込まれているはずでは
        ないか?という当たり前の反駁が予想される。
        そこでね、良い「例証」があるんですよ。
        今年つんく♂はNHKの合唱コンクールの高校生部門の課題曲の作詞家として抜擢
        されました。まさに今書いてきた様な「唱歌」だとか「音楽ではない音学」と
        しての「起用」なわけです。そしてつんく♂は「ポジティブ太郎」を書き下ろす。
      • 0
      • 120. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:11
      • もう「タイトル」からして笑ってしまうわけです。アンジェラ・アキだとか
        いきものがかりの様な「アーティスト様」がよく作品提供する、合唱のための
        コンクールなんですが、以前も貼った気がするけども、過去の作品リストを
        見てやって下さい。↓

        http://www.nhk.or.jp/ncon/archives/theme.html

        このコンクール自体が昭和七年から始まっているという歴史あるものです。
        そしてまさに文部省唱歌や「作られた」童謡といった、「文明開化」などと
        酔いしれてしまった明治維新以降の「近代的な」歌が課題曲となっている。
        戦争中は軍歌が入っていたりして、この一覧表を眺めるだけでも面白い。
        そしてこの「唱歌」や「童謡」の流れは大きく捉えれば昭和時代を貫徹して
        いるし、平成になってもその流れは続いている。
      • 0
      • 121. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:12
      • そりゃあ、学校教育現場の「合唱部」が顧問の音楽の先生の指導の下で、
        全国大会を目指す、という野球で言えば甲子園大会みたいなものであって、
        しかも主催しているのがNHKという一応の公共放送の更に教育チャンネル、
        という解り易さですから、「近代学問」を教える「教育」の意味合いが強く
        なるのは当然であります。
        ただし、平成以降は生徒に「おもねる」様な選曲も増えてくる事が、作詞や
        作曲の人名を見ていると気付く事ができる。そして、平成16年のドリカム、
        平成18年の森山直太郎、といった人達の起用を本当の起点として、現在までの
        流れが確立している様に見える。
        つまり、こういう事です。NHKの合唱コンクールの課題曲に「J-POP」が使われる
        ようになった。これに、恐らく多くの人は「NHKもお堅くなくていいね!」と、
        好意的な反応を示す。しかし私は「J-POP」の正体は「文部省唱歌」だと指摘した。
        だとすれば何も変わっていないわけです。
        「新しい風」の様なものなんて最初から企図してはいない。
        実際、審査するのは「音学」の先生たちだし、混声合唱として楽譜化したり、
        中学なり高校なりのレベルに合わせたハーモニー構成を考えたり対位法的な
        追っかけ部分を作ってくれるのもそういった先生たちでしょう。
        そして、そんな「先生たち」が戸惑わない様な「作品」がJ-POPの人達によって
        作られている、という立派な証拠になってしまっているのです。
      • 0
      • 122. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:14
      • そこで我らがつんく♂です。今年、よくJ-POPアーティスト様が起用される
        中学生部門よりもハイレベルな高校生部門の「作詞家」として登場した。
        無論、この「起用」にはつんく♂とNHKとの「深い縁」だとか、つんく♂も
        当然のように「J-POP」という学校の先生が「安心できる」音楽ジャンルの中の
        「大物」として認識されているからこそ、でありましょう。
        ところがつんく♂が提出したものは「ポジティブ太郎」。
        この「衝撃」わかっていただけますかね?w
        まさに美勇伝の「じゃじゃ馬パラダイス」に出てくる「太郎と花子」だとか、
        ℃-uteの「褒められ伸び子」や「テンション上げ子」の時と全く同じ感覚で、
        書いてしまった事がタイトルを見ただけでわかってしまう。
        安全策で「置き」に行くなんて事は全く考えていない。
        「友からの手紙~桜の下でYellの証に~」みたいなw、どうでもいいタイトルでも
        付けておけば無難なところなのに、わざわざ「ポジティブ太郎」。
      • 0
      • 123. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:14
      • 私はですね、もうこのタイトルが発表された時からワクテカテカチャンスでして、
        今まで何の関心もなかったこのコンクールに注目しておりました。
        そしてタイトルに続いていよいよ「歌詞」が発表されます。↓

        https://www.nhk.or.jp/ncon/music_program/kadaikyoku_h2018.html

        もうね、「続くの人」も書いてる様に「クラッときちゃって青春」ですよねw
        つんく♂得意の「青春もの」ではあるんだけれども「ぶっ飛んでいる」。
        なんたって「ヒュールル ルルルル トゥルットゥー ルー」が凄い。
        凄いというか、なんで唐突にこんな擬音が出てくるのかわからないw
        だから私は最初、これは作曲の人が書いたメロディが先にあって、それに
        当てはめただけ、と考えたんですよ。現場派DD氏との対話でもそういう風に
        予測した覚えがある。ところがこの歌詞の載ってるページをスクロールして
        もらうと下の方に作曲家の人の談話が書いてありまして、

        >言葉にはリズムがあります。
        >この詞の語感を大切にしたら、弾むような曲になりました。

        と、ある。つまり「歌詞」が先であったという衝撃的事実を知るわけです。
      • 0
      • 124. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:16
      • しかもこの先生、いいこと言ってますよね。
        まさに「続くの人」が指摘している「日本語のリズム」を真っ先に語っている。
        この先生は経歴も書いてありますが、日本近代「音学」教育の最高峰、
        東京藝術大学大学院音楽研究科音楽学専攻博士課程修了、というw、博士様で
        あったわけです。そんな「博士」が曲を付けると知ってて「ポジティブ太郎」。
        このつんく♂の「挑戦状」には大胆不敵を通り越して、狂気を感じます。
        しかし、完成した曲を聴いてみたらこれが凄く「良い曲」でして、何が凄くて
        何が良いかと言えば、このサイトの「ねらい」という欄に、

        「より本格的な合唱に挑戦し自分たちの音楽を作り上げる喜びを味わえる曲を」

        なんて書いてあるのに、リズミカルでまさに「弾んで」いて、歴代のJ-POPの
        アーティスト様達が作ったものがリズムをあまり感じられないバラードもしくは
        ミディアムJ-POPであったのに対し、こちらはもはやゴスペルと言いますか、
        もっと断言すればドゥワップである、と私は定義付けたい程の、このコンクール
        における「異物感」が充満した曲となっているのです。
      • 0
      • 125. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:17
      • わかり易い映像がありますので紹介しますが、↓

        「ポジティブ太郎~いつでも始まり~」
        https://www.youtube.com/watch?v=6-T84jP_pVw

        これは恐らくおっさんとおばさんの趣味のコーラスサークルの動画の様に
        思われるわけですが、このリードテナーのちょっと小太りの白髪のおっさん。
        いや、この人は男声の人数が足りないからか一人何役もやっていて、
        色んなパートを歌いながら指揮者までやっている、というw、相当な実力者
        なんですけども、私は今回の合唱コンクール、優勝はこの人達と決めました!
        あきらかに高校生ではないんだけどもw、そんな杓子定規な審査なんてものは
        私は無視いたします。^^
        このおっさんが凄いのはやはり「曲の解釈」ですね。
        つんく♂がドゥワップ的な「トゥルットゥー」なんていうw、変な「bomp」を、
        合いの手ではなく歌詞本文にまで書いてしまった「企み」と、それを見事に
        掬い上げてリズム重視の曲にしてしまった博士先生の「造詣の深さ」、
        これらを完璧に理解して、自らもノリノリで歌っているこの方が優勝されるのは
        当然でありましょう。もはや合唱ではなくソロ歌手のコンテストみたいになって
        ますがw、まあ、ドゥワップコーラスのグループの人気もリードシンガーで決まる
        様なところはありますので、特に不自然でもなかろう、と。
      • 0
      • 126. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:18
      • さて続きまして、

        音大生が『ポジティブ太郎:Nコン2018』を1時間初見してみた!
        https://www.youtube.com/watch?v=hcBL-fEmiZ0

        準優勝はこの方たちですね。おめでとうございます。^^
        国立音楽大学という事でして、これまた高校生じゃないわけですけれどもw、
        まあ、大学生の方が高校生より上手いのは仕方がない。経験の差です。
        こちらは「曲の解釈」としてはちょっと私的には不満が残る出来栄えです。
        NHKは参考動画として早稲田大学のグリークラブの人達とクラシックの指揮者、
        みたいなグループの歌唱風景をYouTubeに上げておりますが、その動画を
        もしかしたら参考にし過ぎたかもしれない。そちらは出来が良くないんですよ。
        まあ、一時間の「初見」でやってみた、と書いてありますので楽譜を買ってきた
        だけで本当に歌ってみせた可能性の方が高いですかね。一時間だけの初見で
        こんだけ歌えるんだぜ、という「技能」を自慢したい、というのは若者として
        健全な自己アピールでありましょう。
        しかしだとするならば市販された「楽譜」がどうも「もっさり」している。
        そしてクラシックを志す様な人は「楽譜」に対する「正確さ」で勝負するしか
        ないので、楽譜がそうならばこれは仕方がない。指揮者がいればまた違うんです
        けどね。指揮者ならば楽譜の中の「曖昧な指定」をいくらでも逆手に取る事が
        できる。「強く」だとか「だんだん速く」だとかの記号ですね。
        で、まあ「もっさり」してしまっていて、作詞・作曲の偉い先生たちが意図して
        いた「弾む」感じが優勝されたおっさんよりも弱いので「次点」なんですけど、
        しかし評価すべき点は「とても楽しそう」というところなんですよ。
        終わったあと確か「楽しいー!」とか言ってる動画もこの人達は上げております。
      • 0
      • 127. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:18
      • 要するに、この「ポジティブ太郎」は楽しいんですよね。
        私もですね、今年一番歌った曲といったら間違いなくこの「ポジティブ太郎」ですw
        私は適当ですけどね、楽譜も買ってないし、単にこういった動画を観まくっている
        うちに歌詞を覚えてしまったので、一人で色んなパートをベルカント入れながら
        歌う、という「遊び」ですけれども、とにかく歌ってると楽しい。
        これはもう、無条件に楽しいです。興味を覚えた方がいらっしゃいましたら試しに
        歌詞を見ながら他の方々の「合唱動画」に合わせて歌ってみて下さい。
        こんな学校の「合唱曲」なんて今までなかったよね、と絶対に驚きます。
        合唱ってもっと退屈なもんじゃなかったっけ、という、合唱部の人間以外の人達の
        普通の感覚を、気持ちよく破壊してくれる曲となっております。
      • 0
      • 128. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:19
      • というわけでポジティブ太郎の話がなげーよ、という脱線ぶりを天下に晒して
        おりますがw、でもこの曲はもっと語られて良い気がしてるんですよねぇ。
        もちろん今年は全国の高校の合唱部はこの曲に挑戦したはずですし、私が紹介
        した様にコンクールと関係ない大学生や、おっさんおばさんのサークルや、
        あるいはセミプロみたいなコーラスグループまで、様々な「ハモリ・マニア」の
        方々がこの曲をカバーしている。YouTube上だけでも凄い数ありますよ。
        だからこういうのはもはや「大ヒット曲」なんでw、「USA」と並べて語られて
        然るべきだろう、なんて思うわけですが。^^

        実際、全国の高校生、全国の合唱マニアが「ポジティブ太郎」の「楽譜」を
        買ったんだろうから、つんく♂としても印税凄いんじゃないですかね。
        アップフロント出版ではないから、作詞の印税は総取りできるんじゃないか、
        なんてw いやそんな話はどうでもいいんですけども、この曲のポイントは
        まさに「お堅い合唱コンクール」にまで「リズムの快感」を持ち込む事に
        成功してしまった、つんく♂の「歌詞」に含まれていた「グルーヴ」、という
        かなり「深い」ものになるかと思います。
        あるいはつんく♂の「ぶっ飛び加減」ですよね。
        こういう仕事を依頼されても「攻めて」しまう姿勢。トゥルットゥー、なんてね
        曲も出来てない段階で普通は書けないですよw
      • 0
      • 129. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:20
      • しかもあの部分の解説としてなのか、サイトにある「毎朝つんく♂」では、

        >ヒュールル ルルルル トゥルットゥー ルー
        >幸せラインを飛び越える、おまじないの呪文

        なんて書いているw
        ほらあ、「続くの人」が「呪術」だと言ってるそばからつんく♂本人が「呪文」
        なのだ、と恐らく大真面目に語っているw
        「呪文」という事はこれはまさに密教的な真言なのであって、般若心経で言えば
        ギャーテーギャーテーハーラーギャーテー、と同じという事です。
        そういう真言に「言語」としての「意味」はないとされる。しかし「音」そのもの
        には「意味」があって、それは宇宙と繋がるのだ、みたいなw、まさにオカルトに
        接近していくわけですけれども、いや、ほんと「オウム真理教」がなければねぇ、
        こういうオカルティズムの研究ももっと進んでいたかもしれないのに、あいつら
        余計な事してくれたよなあ。「オウム」という音の響きがやはり有名な真言でして、
        以前は「オム」と日本語表記されてて、ジョンコルトレーンという偉大なサックス
        奏者もこの神秘の響きを題材に「OM」というタイトルのアルバムを作ってます。
        しかし日本にはつんく♂がいるぞ、とw
        つんく♂の場合は恐らく仏教の知識もないだろうから「直感」で、普通は
        人間の知覚では捉えられない「変な音」という真言を宇宙からキャッチしている。
        それが「のにゅ」だったり「ワッフー」だったり「チキブン」だったり、
        「ヒュールル ルルルル トゥルットゥー ルー」なのでしょう。
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      • 130. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:21
      • 「続くの人」の結論もやはり、「Don’t think. feel!」となっている。
        結局のところ私達は「つんく♂天才論」を試みようとしたわけですが、
        その根拠となるべき肝心な部分は言葉にはできない。これは「わからない」のでは
        なくて「言葉にできないもの」がつんく♂の天才性の「根源」となっている、
        という「立派な結論」ではあるんですよね。
        そしてそれは太古の昔の「人類の謎」の様な部分と繋がっている。
        「続くの人」が「縄文人的」と書いていたり、私も「南方系日本人」などと、
        とりあえず書いてみるわけですけれども、そこまで書いてしまったら、
        必然的に数万年規模の「太古」の話になってしまう。という事はこれは日本に
        留まらず、中東からインドにかけての超古代文明とも繋がってしまう。
        イスラムやインドの音楽、仏教の声明や真言、そして日本の祝詞。
        これらは別々の地域ではあるけれども、その「効能」の様なものは似たような
        ものである。それらと較べると新し過ぎるけど「グレゴリオ聖歌」の様な
        キリスト教文明を加えても同じでありましょう。
        「効能」とは「続くの人」の言葉で言えば「トランス状態」に誘う、あるいは
        「グルーヴ」に身を任せる「快楽性」という事になる。
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      • 131. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:22
      • 私はそこに「身体性」という単語も付け加えておきたいですね。
        これは「トランス」や「グルーヴ」という単語が現在誤解されやすいからでも
        あるんですよ。そういった「音楽」がインチキジャンルとして存在していて、
        トランスならば「覚醒剤」を使用した上での「刺激的(うるさいだけ)」な
        音楽であったり、グルーヴならばクラブでDJが昔のレアなレコードかけて、
        客はただ体揺らしてるだけ、みたいな単なるBGM的な「心地良さ」の意味に
        なってしまっていたり。
        だったら「ラウンジミュージック」という昔デパートのエレベーターだとか
        ホテルのロビーでかかってた様な本物のBGMだって充分に「心地良い」わけで、
        実際に「ラウンジ」はかなり発掘されてCD再発のちょっとしたブームにも
        なりました。そんなムードミュージックまでもを「グルーヴ」と括ってしまうと、
        それはもはやなんでもあり、になってしまう。もちろん私はそういう音楽も
        好きです。しかし日本の渋谷系の人達がやってしまった様な、昔のレコードで
        「心地良いもの」は全部「グルーヴ」だったり「フリーソウル」なんていう
        「なんでもあり」の中につんく♂の音楽を並列させる事は私には出来ない。
        だからそこの部分の見極め方として「身体性」を強調したい、という事です。
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      • 132. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:23
      • トランス状態へ薬なしで誘う、グルーヴに快楽性を感じる、そしてその時に
        必ずや「身体」が「動いて」しまう、という事。
        その「動き」も「揺れてる」だけじゃダメなんですよ。ダンスです。
        つまり「踊って」しまう。これはダンスの技術なんてものとは無関係な話です。
        「興奮」を伴った上で体が勝手に動くかどうか。
        これはもう実は証明済みなんですよね。ハロプロのコンサートでは「熱狂」が
        観察できるし、もっと凄いのは「続くの人」も私も、長時間のタイピングに
        対する疲労をものともせずに「指」を動かしているw
        これだって立派な「身体性」ですよ。いや、私が最初の方に書いた赤の他人を
        熱い熱量で突き動かしてしまう「何か」。つんく♂が作っているのは「音楽」
        なんだから、その「何か」が「音楽」である事に疑いの余地はない。
        というわけで「身体が激しく動くかどうか」。この一文を追加したいです。
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      • 133. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:24
      • 最後に私は「続くの人」の「つんく♂さんの言葉の持つ仏教的世界観」という項目の
        向こうを張って、「神道とつんく♂」というテーマで書きたいんですけどもw
        もちろん日本の仏教は神道と合体している時期が長かったですし、そもそも仏教を
        日本全土に布教したのが神道の神主の最高峰である天皇、というw、もの凄い
        特殊性がある国ですので、別にあえて分ける必要もないんですけれども。
        分けてなくて混ざってるからこそブリコラージュですしねぇ。
        ただしパワーという「意味」で、仏教というある種、形而上学的と言いますか、
        「宇宙」という人間の「上空」を想起させる様な、「見上げる」感覚。
        それよりも神道の持っている「土地(地面)」と深く結び付いたアニミズム、
        つまりは「上空」を見上げる、という想像の仕方ではなく、足下を「見下ろす」、
        あるいは自分の周りを「見渡す」といった感覚の方が「絵空事」から逃れられる
        感じで、その分だけ「強い」気がする。パワーとして「強い」。
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      • 134. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:25
      • 無論これらも「目には見えないもの」を感じるという意味で形而上学的では
        ありますけれども、仏教だとどうしても「異世界もの」と言いますかw、
        そもそもあるのかどうかすらわからない「空間」に偉い仏様がいて、我々を
        見守っている様なイメージがある。これは「宇宙的」と言い換えてもよい。
        しかし神道では、身の回りの山だとか森だとか谷だとか川だとか海だとかに
        「神様」が宿っている、とされている。無論「黄泉の国」なんてのも出てきますが
        どうも私、「黄泉の国」と言われると「となりのトトロ」が棲んでる様な森の中に
        でっかい穴かなんかあって、そこから通じてるイメージがある。
        実際、イザナギがイザナミに死なれた後、色々あってイザナミのいる黄泉の国
        への道を「岩で」塞いでますよね。岩で塞げるんだから地下にあるイメージ。
        逆に仏教で言う「極楽浄土」だと上の方にあるイメージなんですよね。
        つまりは「宇宙空間」にあって、曼荼羅みたいな配置でw、偉い仏様が星座の
        様に位置してて、地球を見張って守ってます、みたいな。
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      • 135. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:25
      • 大雑把に分けますと、仏教は「宇宙」。神道は「地球」。
        よって神仏習合を達成していた昔の日本人はどっちからも万全の態勢で守られてて
        完璧だな、なんて思うんですけれどもw
        そこで、つんく♂の「関心事」の側面から歌詞から分析してみますと、もちろん
        「宇宙」も「地球」も両方出てくるんですが、なんとなく「地球」の方が多い
        気がする。データとして統計取るみたいなつまんない事はやりませんが。
        そしてその「地球」には当然地球上の自然も出てきますので、
        「日本にゃきれいな川があるさ」なども含めたら、やっぱり多いはずである、と。
        そもそも神道をキーワードに分析するんだから「我が国」の話なわけで「日本」
        という単語も「地球」的である、と。
        まあ誰だって宇宙なんて行った事のない場所より自分が住んでる地球の話に
        なるだろう、と言われればそれまでですがw、単語として「地球」を使いたがる、
        「日本」を使いたがる、という人はちょっと珍しい。
        よって「神道的要素」の強い人、という判断を私はしてしまうんです。
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      • 136. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:26
      • これは、ずっと前の方にも書きましたがつんく♂の持つ「反動的」な面。
        反動という言葉は進歩の反対語みたいなもので、要は「保守的」。
        そこで更に「日本が好き」みたいな「国褒め歌」も多いとなれば「右翼的」とも
        言える。もちろんTNXの社員全員で神社によく参拝してましたし、おついたちの
        赤飯なんてのも、あれは「神事」なんですよね。伊勢神宮でもやってますし、
        そもそも「お米」ですからね。天皇陛下が毎年田植えの儀式を今もやっている。
        皇室と「お米」の深い結びつきは言うまでもなく、そんな拘りを嫁さんの
        影響もあるとはいえ、夢中になってお米が出てくる歌までいっぱい作って、
        ついには土鍋で炊かないとダメ、という近代批判にまで至る、というw、
        そんな「お米」に「ピコーン!」と来てしまう感性そのものが、神道的です。
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      • 137. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:27
      • そして神道と言えばアニミズムであって「八百万の神様」。
        すべての生き物や物体や事象にまで、全部「神様」を観ようとする。
        これは「モーニングセット」がお得だったり、歌の上手い子、顔のかわいい子
        だけを集めてもグループとして面白くない、といった考え方に至るまで、
        要するにつんく♂の夢想した「ハロプロ」というもの自体がアニミズムだった
        のではないか、と考える事もできると思うんですよ。
        そしてこれは単なる近代的な「平等」とは全く違う概念であって、神様だって
        悪さする神様もいれば、乱暴なのもいる。祀らないと祟られるかもしれないから
        逆賊だけど死んだら神様にしちゃおう、だとか。
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      • 138. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:28
      • それでですね、我が国の文化に関わってきた優秀な人の中で神道的感性の人、
        彼らの多くは「右翼的」な言論活動をしていたりするんですが、漏れなくと
        言っていい程、現実の「日本」とは相性が悪い。
        簡単に言えば軋轢を起こす。日本的、というと「村社会」的なものを、つい
        問題点として上げてしまいがちですけれども、その「村社会」的な、近代に
        先駆けていた様な「悪平等」というものは神道的ではない。
        「村八分」にするのが神道という日本の根本的原理ではないんですよ。むしろ
        ブリコラージュよろしく「異物」を呑み込んで、西洋やシナ的な暴力的支配
        でもなく、かといってなあなあですべて済ませるわけでもなく、つまりは
        民族的にはメルティングポットの中で「日本人」として単一化してしまうけれども
        文化的にはサラダボウルとして色んな野菜がそのまま剥き出しのまま乗っている。
        まさにモーニングセット=モーニング娘。なんです。
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      • 139. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:29
      • しかし近代以降、そんな神道的感性、右翼的感性の政治家や学者という人達が
        「権力を握って国家神道となって戦争に突入」なんて歴史の教科書に記述されて
        いる様には、「天下」を取った形跡が全く見られない。
        むしろそういった人達は弾圧されていたり、無視されていたり、やっと戦後になって
        から発見されている様な人達ばかりなんです。これはどういうことなのか?
        私の考えでは明治維新以降の「近代化」というものは、たとえ尊皇攘夷だとか
        王政復古といった錦の御旗を掲げて作られたとしても、神道的な日本主義とは
        全く関係がない。右翼的ですらないというのも、この近代化が天皇陛下を外国の
        王様の様に扱う、という発想からして近代的発想でしかない。フランス革命を
        ルイ王朝をギロチンにかける、という左翼的視点だけで語ろうとする人が多い
        けれども、実際にはナポレオンという皇帝を用意しただけなんです。つまりは
        ナポレオンやビスマルク、最終的にはヒトラーやスターリンまでもを許容するのが
        「近代」なのであって、それは徹底した権力主義の時代と言い換えても良い。
        したがって日本的な感性というものはこの現在も続いている「近代」において、
        ほとんど日陰者なのであって、真に日本的感性の豊かな人間ほど「日本」と
        名の付いた母国とはそりが合わなくなってしまう。
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      • 140. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:30
      • これは戦後でも同じで、三島由紀夫は完全なる日本主義者であるけれども、
        恐らく日本という現実に存在する国は毛嫌いしている。三島の邸宅が全くの
        西洋風であったり、外国文化への造詣や傾倒には明治以降の現実の日本など
        よりもよっぽど深いものがある。実際に外国に移住する人ほど右翼的で、
        日本から出ない人ほど左翼的、とはよく言われる皮肉なんですが、この場合の
        「左翼的」という単語はほとんど「近代合理主義的」と言い換えて差し支えない。
        まあ、そこでつんく♂なんですけど、彼も結局はハワイに移住してしまった。
        そんな決断が出来る、というだけで日本主義者、神道的感性の「正統」な後継者
        である事を証明してしまっている。
        日本で生きる事の閉塞感、これを感じられない人間は近代主義者です。
        表面上の、つまりは政治的な狭い意味での「右」も「左」も関係ない。
        「近代主義者」か「反近代主義者」か、といった区分けしか世界には存在して
        いない様に私には思える。これは外国人も同じなのであって「亡命者」ほど
        祖国を本当に理解していて愛している人間はいない。
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      • 141. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:31
      • 本来ならばこんな「近代」と「反近代」という区分けも超えて、ポストモダン、
        つまりは「近代」の次の時代を用意しなければならなかったのに、いまだに
        それは実現されないどころか、むしろそんな期待の空気感だけが高まった
        1980年代よりも現在の2010年代の方がより「近代的」に見えてしまう。
        そんな、時空が乱れてしまっている感覚に私などはよく陥ってしまうのです。
        しかし、そんな悲観は別にして、神道的なものが絶滅しているわけではない。
        というか、そんなものはいつでも「発見」しさえすればいいだけの話で、
        なんたってコンクリで覆われてはいるかもしれないけれども、足下の地面を
        踏みしめる。その「感覚」こそが日本列島という「土地」との「交信」になる
        のであって、木が生えてない場所ならば電信柱を触ったって、私は同様の
        効果があるくらいの事は考えています。だから、単なるエコロジーだとか
        SATOYAMAムーヴメント的なものとも違う。見えないものを見ようとする意思。
        聞こえないものを聞こうとする意思。これらさえ持っていればそれこそが
        神道的なのであって、単なる自然崇拝とは違う。
        大体、神道でお供え物の様になっている「お米」、つんく♂が拘る「お米」。
        稲作という文化が縄文時代からあると言っても、それはむしろ自然破壊だったり、
        品種改良というテクノロジーであったりします。
      • 0
      • 142. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:31
      • そんな意味でも「続くの人」が「One・Two・Three」の歌詞(日本語の音)の
        中から、「ちょびっと」「ぱりっと」「もちょっと」の並びに「ものの質感」を
        感じ取ったという「感性」には正直驚かされましたし、単純に「凄い」と
        感心いたしました。^^ まさに反近代的な「耳」と「目」で発見している。
        この「質感」の問題も深くてですね、日本にも巨石文明の痕跡が残ってますし、
        単純に「木と紙」で出来ているわけではない。だからまさにブリコラージュ的に
        幾層にも色んな文明が折り重なっていたり、あるいは融合していたりするので、
        突然とんでもないものが隔世遺伝の様に出現する可能性がある。
        つんく♂の「音」の質感も歌謡曲のスタンダード的に「湿っている」だけでは
        決してない。ゴツゴツした岩の様な質感を感じる曲も多々あるはずです。
        私は「アユハピ」と「ええがな」のシングルに「硬質」なものを感じましたね。
        ここから出して、の「だ」。ええがなの「が」。濁音の効果でしょうか。
      • 0
      • 143. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:33
      • さーて、長くなり過ぎました。もちろんわざとなんですけどもw
        「筆のドライブ」を意識しましたw
        いや、意識しちゃったらドライブとは言わないんだけども、まあ色々と
        「続くの人」の「言葉」に触発された、という事でご勘弁願いたい。(^^)

        なんか書くと、何十倍も返されるのか、なんて怖気づかないで下さいねw
        単に今回は他所で起こしたトラブルに対する鬱憤晴らしだったり、
        ここでの私の役割、エンターテイナーとしての意地だったりと全くあなたとは
        関係がないんです。あるとしたらあなたの「続く」にワクテカしてる時に
        絡まれて悪口書かれたので怒りが増幅した、くらいのもんでしてw
        あと、まあ余計な事を書くと、つんく♂信者はこれだけの熱量でいくらでも書ける、
        現体制信者は現体制についてこれだけ書けるのか?なんていう子供じみた挑発、
        入れてます。これまた「続くの人」には全く関係がないつまんない話です。<(_ _)>

        今回書いた話のいくつかは私の「巣」である場所にも別の角度から書いてあると
        思います。もしそこを読んでいらっしゃらなければ、もの凄くお暇な時にでもw
        読んでみてやって下さい。↓

        [二十歳のモーニング娘。]アルバム・レヴュー
        http://helloprohealing.blog.jp/53068046.html
      • 0
      • 144. 長文の人
      • 2018年11月01日 14:34
      • 管理人さん、現場派DD氏、ヤンタンの人氏、フフフの人氏。
        そしていつもROMしてくれて応援してくれる方々にも感謝の言葉を。
        ありがとうございます。(^^ゞ

        「続くの人」氏という、ドラフト1位確定の大型新人が現れましたんでw、
        彼にも、もっと筆をドライブさせる様なエールを送ってやって下さい。
        さっそくファンが付いたみたいなので私も嬉しい。^^
        それでは、10月29日の予言が見事に外れた「長文の人」でしたぁ。m(_ _)m
      • 0
      • 145. 癒して名無しさん
      • 2018年11月01日 18:42
      • こうまで考える好事家、酔狂の楽しさ面白さ…(^w^)
      • 0
      • 146. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:16
      • <続くの人>です。
        てか<続くの人>とかヤだ。笑
        とりあえず、適当につけただけだし、笑


        長文の人さん

        まず、一言。
        「ッ長い」

        いきなり情報の物量そのものにぶん殴られております。
        流石の知識量、全然太刀打ちできる気がしません。笑

        結婚論から直感“2”論、面白い。そして「徐福」なんて言葉まで登場してくるとは……。
        ハロプロファンの場で、こんな単語出てくるとは思いませんよ、笑
        脱線や余談こそが、世界の幅をひろげていろんな島をネットワークしていく有効手段ですよね。長文の人さんのは脱線量がえげつなくて焦りますけど。笑

        >>わからないものこそ「語れよ」

        まさに。そうなんですよね。そして、「勇気」ですよね。
        好きなものを熱く語る勇気。
        つんく♂さんは“勇気”の人でもあると思っているので。
        たとえば、シーンの中でこれまで自分を見下す発言とかいっぱい聞いてきてると思うんですよ。
        でも、「そなの?」という禅の高僧レベルのスルースキルでかわして、新たな自分の作品を世に放ち続ける姿勢って、本当に「美しく」て「微笑ましい」。
        自分はもう基本的には尻込みしちゃうタイプなもんですから、ものすごい「勇気」をもらっちゃってます。「でも、つんく♂さんてすげーんだぞ」くらいの擁護でしか返せないのが心苦しい時もあります。(あ、作品の対価はもちろん払ってます。笑)
      • 0
      • 147. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:19
      • 歌でメッセージ放つなら、当然のように右左問題はでてきますよね。フォークとかニューミュージックとかの流れをくめば、でてきてしまう。
        そして、けっこう自分的にそういうのはしんどい。(世代的なものもあるからしょうがないのかもしれませんけど)
        それを自覚的にか、たぶん感覚的に、川を遡上する鮎のようにすいすいかわしながら、もっと実感的な、肉質のあるものに材をとっていくのがつんく♂さんなんだよな、というこれまた好きなところです。
        もっと生物的に根源的というか。それこそ、お米だし、恋愛だし、寝不足は寝なきゃなおらん。し、いくら観念的にショートスリープ法だとかお薬の力とか、言ったところで、根本的な解決にならん。もちろんご本人が一番、創作者としてのジレンマ感じてきたところでしょうが。つんく♂さんの問題意識の解決って、歌詞内の設問はものすごい個人的で個別的なんだけど、最終的な解決は人間という生命全体の問題としてどういう方向に向かっていったらいいんやろ? みたいなとこにあるとも思うんですよね。それこそ、お薬処方とかは個人として解決(その場は)するかもしらんけど、周りの人間関係はどうよ、とか、あんたはそれでまたバリバリ仕事できるかもしれんけど、嫁さんと子供泣いてんで、とか。それが、「長文の人」さんが言われたジョン・レノンの世界への問題意識とその対峙の仕方につながってくるんだろうなあ。なんて感じます。
        でも、それだとどうしても“既存”のルールですとか、“反社会性”の性格帯びちゃう。
        右からも左からも、お前はどっちなんだとか迫られたりする。どっちでもねーよ、と。
        二者択一のその先に行こうとする。でも、それこそがまっとうな闘争だ、と自分は思ったりもするし。
      • 0
      • 148. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:27
      • <ここから、あまりに終わりが見えないと気づいたので、そして読了する頃には、前の文章に対すしてわき上がってきた思いが劣化することを危惧いたしましたので、自分の読む(対応する)文章にリアルタイムで返信を記述していくスタイルにいたします。>


        縄文時代、及び縄文人というテーマは、デカいですし難しいですし、その分魅力的ですよね。それこそ“縄文”というワード自体が、アメーバみたいにぐにゃぐにゃ動きすぎててとらえどころがない。余白があり過ぎる。方々からいろんな説が飛び出して、ぜんぜん定まる気がしない。これからもどんどん土や海の底から新しい物証が発見され続けますし。(断言)
        わたくし自身の興味の一番は、「縄文人の音楽」が聞きたくてしょうがないですね。普通に16ビートくらい軽くきざんでいると推測してるんですけどねえ。
        環太平洋黒潮文化圏ですから、それこそガムランも子孫でしょうし。
        アフリカの人たちの音楽にぜんぜん引けをとらないどころか――くらいに、考えています。譜面がないのがまあしょうがない、って感じなんですけど。本当にすごい人とか(ゴーダマ・シッダルダとかキリストとか)ご本人は文字に残してないですしね。あえて文字・記号化しない意識も働いていると思うんですけど。凝り固まった型になっちゃうくらいなら、と。
        あ、ダンスに関してまったく言及してなかった。これが本当に投稿したあとから気づいた失敗です。ダンスありきですよ。やっぱり、身体性なんですよね。生身の肉体ありきの哲学。
        体が自然に動き出さなきゃリズムじゃない。ものすごい歌詞中の哲学と直結している。

      • 0
      • 149. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:30
      • まさに、つんく♂さんて“縄文的”だと思っているんですよ。その得体の底知れなさ、今後また変容し続けてくれるんじゃないかという期待を含めて。そして、みんな(一部?)があれこれ語りたくなる余白含めて。洗練されてるかどうかなんかものともしない。爆発的エネルギー体。縄文土器の造形みたいですよね。焼かれた土の造形でありながらしかしなお常に踊っている造形芸術(はたまたインドの梵・ヴィシュヌ・シヴァ神像か?)。つんく♂さんの作品と同じ。うーん。やっぱりつんく♂さんが一番のアイドル、笑


        実は自分今、ヨーロッパ史に凝っていまして、やっぱり音楽について調べるわけですけれど。正直、あまり教会音楽には興味がわかないんですね(そんなんじゃいけないんですけどねえ)。一応概観は頭に入れておくんですけど。やっぱり、お上から「統一」されてつくられたものなので、へん! みたいな意識がわいちゃいます。で、古代の以前の、ローマとかギリシア時代の、豊穣なる世界の音楽を求めてしまうんですよね。現トルコあたりの「フリギュア旋法」とか「リデュア旋法」とか、まあ他にもエジプトとかメソポタミア、ケルトとかの“ローカル”ミュージックですよね。「人を狂わせる旋法っていったいなんなんだ!」とか言いながら本を読んでいます。でも、かなしいかなやっぱり譜面化されていない。泣
        まあ、でもそれが本質なんだろうなと思ったり。稗田阿礼やホメロスよろしく「語り部」の、身体性ありきの文学なんだろうなと思いながら、やはりワクワクがとまりません。笑
      • 0
      • 150. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:36
      • 「ワクテカTake a chance」~
        ものすごく面白いですね。ほんとうに、人間の脳が理解する“印象”みたいなものの不思議さ、未解明性みたいなものが感じられて面白いです。たぶん、譜面やデータなどの数値からだけではわからない、グルーヴ(というかこの言葉も、そもそもアメーバ言語ですよね)スポットがあるんだろうなと。

        「お経」に関しては、自分最近身内が亡くなりまして。葬式やら法事やらが重なったのですが、地元の数人のお坊さんのお経を聞いて、けっこうしんどい時もあったんですね。「あんたらいっぺん、ハロプロ研修生からやりなおしてこい!」とは思いませんが、笑
        たぶん本来的にはもっと気持ちいいはずだ、いい悪いは別にして。という意識をずっともってたもんですから、余計そういうふうに思っちゃう次第です。だから、新興宗教に檀家さん取られんだよと。だから、もっかいハロプロ研修生から……あ、笑
        (でも、みんなもう歳だからな~……いや人生死ぬまで修行だな! 鍛えてる人は鍛えてるしな! 何事も一概には言えないですね)
        パーソナルな話になるんですけど、身近に新興宗教に傾斜している人が少なからずいるものですから、比較したりしちゃうんですよね。で、やっぱそれぞれすごい研究してると感じます、意識して対抗したりしないと精神が持ってかれそうになったりしますから、よくできてる。
        密教系の極まった(であろう)ものに触れたのは、それこそ間接的に、片鱗だけですけどちょっとあります。ああ、これはヤバイいなみたいなのが、直感的に本能的にわかるんですよね。このまま戻ってこれなくなる。みたいなのは。奈良とかで。
      • 0
      • 151. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:42
      • 「そうだ! We are alive」~

        さすがのご指摘。
        いやー、自分もちょっと安易だなと内心思いつつ、例にあげました。本当は単純化とかやっちゃいけないんですけどね。やっぱりやられた、笑
        つんく♂さんの“ブリコラージュ”といったら、それこそ、存在そのものがブリコラージュなんだから、どれか一端抜き出して言及するのは無理があるんですよねえ。

        それにしても、長い、一息ついて返信する継ぎ目がない。笑
        たまには休憩時間ください。笑


        「歌謡曲」-「J-POP」問題ですよね。
        やっぱ、その切り替えの中で、それまでの豊饒性が出がらし的な感じになったよなとか。あー、そういう洗練とかいらないから、とか思っちゃうところはありますね。で「アーティスト様」問題、と。これが極まれりなんですよね。なんか、どっかの「クール」問題につながりそうな不穏な問題ですよね。
        わけわからん巨大な不定形生物だから面白んではないか! と。
        山手線一車両くらいのサイズのでっかいバカリボンつけた東京タワーくらいでかいホットピンク色のウミウシとか面白いではないか! と、たぶん。(そんで赤羽橋駅を襲う。たぶん譜久村さんの無意識の化身です)

        何においても、いかがわしさや猥雑さが無くなっちゃった芸術なんて、ねえ……みたいなのはありますよね。(意味あんのか? とまでは言わないまでも)

        ちなみに長文の人さんの世代っておうかがいしていいですか?
        例えば歌謡曲の変遷とかリアルタイムで体感した人なのかなーと。
        だとしたら羨ましいんですよ。
      • 0
      • 152. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:51
      • 出た、「ポジティブ太郎」問題!
        やったー! もう、最高ですよね!
        この曲を提出された時のお偉い方の表情が目に浮かぶようで、それだけで、ぷくくーーッてなりますよね。笑 
        朝井リョウさんもラジオで言及してましたけど、自分もたぶんあっち側でやっちゃうだろうな、って。でも、そういうんじゃねえんだよ。という。(さすが、朝井さんわかってらっしゃる)
        これ歌いますって言われた時の、学生たちの戸惑う顔も目に浮かぶし、もう最高ですよ。その後の実際歌ってみた後のえも言われぬ解放感に「あれ…?」ってなる感じとか。
        マジで自分が高校生の時に歌いたかった!「ポジティブ太郎」!
        いや! 今でも歌える!「ポジティブ太郎」! 今すぐ歌える!「ポジティブ太郎」!
        楽天応援歌です、って披露された時の一同唖然とした「The マンパワー」以来のしてやったり感ですよ。(「君の変わりはいやしない」の時も楽しかったですけど、笑)
        ほらほら、つんく♂ちゃんにまかせたから言わんこっちゃない! っていう。そういうトリックスター的なところも求めてんですよね。我々もう共犯者ですから。

        >>私は今回の合唱コンクール、優勝はこの人達と決めました!

        この動画はじめて見せていただきました。いやー。
        青春時代なんか、つべこべ言うな。死ぬまで青春時代なんだよ! という。俺が俺を高校生と言ったら、誰がなんと言おうが高校生なんだよ!(58歳) みたいな、“まっとう”な思いが溢れていますよね。ああー、なごんだ。にっこり笑顔になれました。
      • 0
      • 153. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 01:53
      • まさに、「くらっときちゃって青春だね」ですよ。
        ポジティブ太郎は「青春小僧が泣いている」のB面ですよ。いや、どっちがA面でもB面でもいいんですけど、どうせぐるぐる回転しますから。
        まさにわたくし、“青春小僧”はそういう風に解釈しているもので。(青春小僧=生きとし生ける衆生)
        いやー、おっさんのリズムのきざみかたがもう最高ですねえ。にっこり。

        >>音大生が~
        たしかに、楽しそうだ!
        考えるまでもなくそうなんですよね。つんく♂さんが高校生限定(学校推奨)の青春ソングをつくるわけがない。というか、つくれるわけがない! 笑  
        まず、自分に対して(自分に嘘のない)歌をつくるのが我らがつんく♂さんなんですから。(つんく♂さん楽曲の3層構造ですね)
      • 0
      • 154. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 02:00
      • “オウム”問題は、本当に。それ自体は普通に真言ですから(普通に?)こういうテーマ含めて扱いづらくなってくんですよねえ。肩身がせまくなってしまうというか、まあ、それも世の常ならむ。というか、そういう人間世界の現象ふくめて浮世なんでしょうがないですけどねえ。要するに正しいか間違っているかもそうだけど、言葉やリズムは扱う人間次第でどっちにも転がる危険性は常にある。なんせ気持ちいいから。(こっから先はあえて封印している分野に分け入っちゃうんでほんとに自粛します。お察しになられて余りあると思いますけれど。というか本当に面倒くさい)
        ほんと対称的なんですよね。呪いと祝福のベクトルとして。ただやはり、どちらか片面だけでは語れないから難しい、と。

        >>これは「わからない」のではなくて「言葉にできないもの」がつんく♂の天才性の「根源」となっている、という「立派な結論」ではあるんですよね。

        これしょうがないと思うんですよね。結局。
        わび、さび、余白、粋――。まさに震動(グルーヴ)が生み出される穴ぐらと言いますか。ギターのサウンドホールと言いますか。ステージという反響空間と言いますか。人間の声を産み出す横隔膜から口蓋にかけての空間と言いますか。
        そういう中空の“器”としか言いようがない。そしてすべての歴史上の天才と称された人たちがそう言えると思われる。まさに、神を、またはその神託を降ろすシャーマンたちとしか言いようがない。それこそ最初のオリジナルってなんだ?論にぐるり戻りますけど、そういうインスピレーションをキャッチしちゃう(面倒くさい)人としか。そこにはオリジナリティとか超越しちゃって世界とチャネリングしちゃうような感性が備わっちゃってるんだから。と。
      • 0
      • 155. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 03:07
      • 131.
        あ、「身体性」のワード出てきた。
        まさに。やっぱ一致しちゃうんですねえ。笑


        そしてここから、マジで神道話にいっちゃうんだ、と。笑
        あーあ、と。笑
        仏教(創唱宗教)と神道(自然宗教)の違いですね。
        自分の場合は、さらに仏教が体制化される前のシッダルダ自身の声による(言葉というより声ですね)仏の道、と、日本という国家体制(当時まだ国家になってないといえばないですが)に組み入れられる前の原始アニミズムとしての神々の世界観を本当は分けて語りたい(わたくしはそれを仮に「日本神話世界」と呼んでいます)欲求はすごいあるのですが、そこまでいくとまた駄文の隘路に迷いこむことになるので……。
        と思ってたら。
        いやいやいや、自分も昔っからモーニング娘。は日本の神話世界そのものだ。と考えているんですよ。わたくし思索のスタートは神話マニアでして。物語(記憶)こそが本質である、あとは形骸化した言葉の抜け殻(記録)にすぎない。とまではいかないんですが、それくらいに思っていたりするんです。それこそ、科学主義や合理主義、データ主義などでその時その時で方便として言葉が紡がれるけれど、本当のことはその場その場のグルーヴでアメーバ的に流れていく“何か”だ、みたいに。
        だから、記録は記録として一旦仮置き場に雨ざらしにしといて、あらためてそこから記憶をたどり探って行く。みたいなスタンスです。民俗学探偵ですよ、まったく。(謎)
      • 0
      • 156. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 03:31
      • 物語の世界(多神教的世界)は教条的な「まずお前たちはこれをせよ」から「これこれ違反したから首ちょんぱ」みたいな垂直ベクトルのまず命令あきり、みたいなのが希薄で。
        気づいたらすでに物語が始まっている。そして“わたし”はすでにその中の登場人物(八百万のカミガミ)のひとりに組みこまれている、みたいなのが好きなんですよね(というか聖書の世界だって元々はそうだったものを無理矢理ロゴスに組み替えちゃった。と考えます。遺伝子組み換えはいかんよ! みたいに、頑固じーさんみたいなことを突発的に思っちゃって、いかん、いかん、とか笑)。
        対象と自己を分けない、あらゆるものがその構成要素としてぐちゃぐちゃに色即是空的に、善悪も包括しながらぐるぐる螺旋運動をえがきながら続いていく世界。で。
        ほら、キリスト教も仏教も終末が来ちゃいますしね(もちろん、全部が全部じゃないですけど)。でも日本神話には終りがない。はじまりがわからないんだから、終わりもわからない。
        で、モーニングの世界は、まさにこの神話の世界。表層的なルール(アイドルール)はあるのだけど、それはあくまでタテマエの場合が多い。それよりも物語としての推進力が一番大事(それはTV業界的な薄っぺらい演出とかではなく)。いろいろあったけど、10年後とかに円運動が再び巡ってきて回収されこともあるよね。中野サンプラザで、とか。(中野サンプラザどうなるんでしょうね? 笑)
        加入卒業の“通過儀礼”のこととか、ステージでの祝祭空間でのリプレイとか、言い出したらもう、きりがないのでしませんし、いい加減面倒くさいですし。笑(初歩の話ですし)


      • 0
      • 157. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 03:35
      • とにかく、ですから、自分も20年以上ずっと見続けてくることができたんですよね。
        現代に紡がれる“神話”を、リアルタイムで見ている! こんなスリリングなことって他にないぜ! って。それこそ民俗学とか研究している人で興味をもたないとか信じられん! みたいに、いやいや当然ダイバーシティ。
        自分の推測なんですが、縄文時代の宴って、アマノウズメ的なダンスステージって、モーニング娘。のライブコンサート空間みたいだったんじゃないか、と夢想することがしばしばなんですよ。で、当時も燃え盛る松明の舞台を中心に、原始のビートを刻む楽器隊がもの凄い多様性のある豊穣な音楽を奏でて、複数人の歌い踊るかわいらしい10代から20代くらいの舞姫たちがいて(たまに30~40代、いや何歳だっていい!のOGが飛び入りして)、そのファン(オタク)たちが合いの手入れて、フワ、フワ言って、フリコピ中とかいて、時には「おまえそのコールマジセンスねえからやめろよ」とかやり合ったりして、その裏にはつんく♂さんみたいな非常にうさんくさいほくそ笑みの遮光器つけた仕掛け人がいて、やんややんやってたとか幻視すると、もう最高な気分で寝れるんですよね、笑(縄文時代のエスタシオンはご苦労さんです)
        もう、お酒とかいらない(というか自分下戸なんですけど)笑
        充分酔える!(お酒業界の人申し訳ありません。あと、お酒も重要要素ですよねクチカミ酒とか)
      • 0
      • 158. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 03:47
      • あーーーー。
        ラストの縄文時代のモーニング娘。の話まで書けたので、満足です。
        この独り遊びは、まだ誰にも披露したことがなかったので。笑

        実はわたくしが本当の本当に言いたかったのは、このビジョンのことなんです。もちろん縄文世界は遠くにありて思う楽園ではなく、そらしんどいことも日々あるよ、トホホな世界。だということは前提です。平均寿命50歳以下だし(赤ちゃんの生存確率が低いからですが)天変地異には今以上になすすべないし(ただ、現代人よりその発生に対しては予測できる知恵がるでしょう)。悪いやつは悪いし(今と変わらん)。だからこそ、それらの苦悩やうさを晴らしてくれる、“舞姫”の存在を“心からワクワクして躍れる音楽”を当時も求めてたんじゃないか、と思うわけですよ。


        はあ。


      • 0
      • 159. 癒して名無しさん
      • 2018年11月02日 04:02
      • 疲れた……


        ただ、
        >>ドラフト1位確定の大型新人
        と持ち上げられてもその手には乗れないと思います。たいへん、有り難いのですが、すいません。

        実は自分、以前、長文の人さんの長文に、現場でお話とかできたら面白いでしょうねーとか軽がるしくコメントしちゃった者なんです。
        さんざん人は焚きつけといて自分はすかすという。
        なんせ気分屋なもので(ソフトに表現しています)、文章を書くエネルギーというのが、数ヶ月に1,2回しか巡ってこないんです。バイオリズムと言いますか。落差が激しい感じです。前文書いた後もちょっと抜け殻みたいになっちゃってたので。お察しください。他人への返信も途中で音信不通しちゃうような人間なので。今回はめずらしく脳がスパークしちゃった。

        だから、つんく♂さんがつくってくれたハロプロのやさしい世界観に吸い寄せられちゃったんだよなあ、とか自己分析しています。
        難儀な人ほど吸い寄せられる強い磁場があると思います。うん。


        ありがとうございます。
      • 0
      • 160. 管理人
      • 2018年11月05日 02:37
      • ※78
        >>というのは、縄文人の
        >>海上交通というのは近年徐々にわかってきているけれども、日本の海岸線を自由自在
        >>に行き交う様な、高度なネットワークがあったとされているんですよね。

        こちら
        現代人の想像を遥かに越えるほどに
        「縄文人のネットワーク」というのは
        すごかったみたいですよね~

        例えば
        青森県にある「三内丸山遺跡」ですが
        こちらには大量の「お魚」の骨が出ているそうです
        つまり
        近海でお魚を捕り食べていた

        さらに
        もっと内陸部でも
        (つまり当時の物流では不可能だっただろうと思われるような地域でも)
        新鮮なお魚を食べていたということも分かってきたそうで
        縄文人のネットワークは非常に発達していた可能性もあるそうですね

        さらに
        「三内丸山遺跡」では
        新潟県や長野県で採れた「翡翠」などの石もあるそうで
        つまり
        縄文人は船を使って
        青森県から新潟県や長野県を行ったり来たりしていた
        ということらしいですよね~

        これとは別に
        埼玉県の行田市にあります「さきたま古墳」ですが
        こちらも利根川(当時は東京湾に流れていた)を使って
        大阪など関西地方との物流などのネットワークが発達していたという
        研究もあるそうで

        どうも
        私達現代人が想像する生活を
        遥かに越えたレベルの高い技術を持っていたのが
        縄文人のようですよね~
        (*^^*)
      • 0
      • 161. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:19
      • >「続くの人とかヤだ」氏

        あー、以前、私と考えがそっくりと褒めてくれた有り難い普段はROMの方でしたか!
        いやはやそれはそれは失礼いたしました。<(_ _)>
        てっきり今までここでは見たことがない内容や文体だったので、この記事のタイトル
        に惹かれて紛れ込んできて下さった新規の方かとw
        いや、そうとわかってればね、すでに書いたJ-POP批判だとか近代学問批判だとか
        余分なところ削って、新しい内容をもっと書けたのに。(短くする気は元々ないw)
        新規読者の方に親切に、などと考えてしまった結果、新鮮な内容ではない部分が
        多くなってしまったかも、ですね。そんなものを全部読ませてしまってすいませんw

        >まず、一言。「ッ長い」

        これ流石に自分でも気付きましたw いや、書いてる時間は大した事ないので
        気付かないんだけども、いざ分割して投稿しようとした時に、流石に投稿だけで
        一時間以上取られたのは焦りました。(;^_^A
      • 0
      • 162. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:20
      • しかし、

        >脱線や余談こそが、世界の幅をひろげて

        こういう感想を書いて貰えたのは嬉しいですね。長文を書くコツは出たとこ勝負の
        インプロヴィゼーションですよね。つまりは何てもいいから一行書いて、そこから
        どんどん「連想ゲーム」を続けるだけ。音楽で言えばジャズの手法です。
        それでジャズがそうである様に、大体今日はこれくらいでいいか、と感じたり、
        あるいは単に疲れたらw、強引にすでに書いた記憶の中から本日のテーマらしき
        ものをひとつ選んで、もう一度念押しで書く。そんな適当が「ジャズ」なんでw、
        今回だと近代批判みたいな話かな、いやもう忘れてるんだけども、二回目を書く
        事で、なんとなくまとまるんじゃないか、みたいなね。
        そして最後の「神道」の話題は「カデンツァ」ですねw
      • 0
      • 163. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:21
      • しかし、ここだけ流し読みしたんだけど、ここにジョンレノンのアメリカ亡命の
        話入れるつもりだったんだよなあ、確か。ああ、だから今回のアドリブのテーマは
        「ジョンレノンとつんく♂」だったのかもしれない。
        などと文章読本みたいな事書いてますけど、こんなスキルも限度を超えると意味が
        ないので、若い方にはオススメしませんw
        ああ、でも完全アドリブではなく最初に「テーマ」をしっかり書いて、そこからは
        連想ゲームで、最後にテーマに戻る、くらいの話ならば「使える技法」かも。
        小学生の「読書感想文」から大学機関での「論文」に至るまで、要するに内容は
        適当でいいんだけども、ある程度の「量」が求められる場合のみ、ですけどね。
        そういった「象牙の塔」の中であれば、すこぶる有効です。
        「小論文」を大学や就職に使おう、みたいな方には特に有効。最初に構成を考えて、
        なんてやってると試験時間なんてすぐにタイムアップになってしまう。
        とりあえず「お題」を見て閃いたテーマをパッと書く。書きながら連想で分量を
        稼ぐ。そして強引でもなんでもいいからテーマに戻る。これだけで「体裁」は
        整うので、余った時間で「カッコいい」結論みたいなものを書いて〆ればよろしい。
        などと今度は予備校講師の様な事を書いてますがw

        しかしどんな世界でも「コツ」が大事なんで、つんく♂もあれだけ量産できている
        という事は「コツ」を掴んでいる。……などと続けて、脱線だと思わせないテクも
        必要になってくるかもしれませんw
      • 0
      • 164. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:22
      • で、まあ「ジョンレノン問題」が出てきたし、※147にも「闘争」のお題が転がって
        いるので、ついでに語りますけれども、「二者択一のその先に行こうとする」、
        これは本当に大事なことですよね。でもね、私は以前から感じているんだけども、
        もっと単純というか根源的な「二者択一」というのかなあ、例えば「平和的」と
        「闘争的」といった二元論でわざとつんく♂を語るとすれば、これは間違いなく、
        つんく♂という人間は「闘争的」な人、なんですよ。
        そういう基本的な観察も読解もできてない「お花畑」は私大嫌いなんでね、つい
        指摘したくなるんですけども、ここの記事のコメントでも※3の様な人ね。

        「他者を立て、和を良しとするつんくさんの生き方を否定している」

        いやあ、そんな「日本的」な人間なんてね、何のでかい仕事もできないですよw
        それ「賛辞」になっていない。「和をもって尊しとする」と聖徳太子だって
        一応は言うわけだけれどもw、そんな憲法を制定できる地位を築き上げるまでに
        どれだけ「闘争」してきたかくらい、わかりそうなもんですよねぇ。
        これ、最近だと聖徳太子はいなかった説が強いけれども誰であろうと同じ話です。
        つんく♂がそんな「和が尊し」の人だったら芸能界でテッペン取る、なんて
        発想すら学生時代に持たなかっただろうし、今ではなんであの時「世界一」を
        目標にしなかったのか、なんて悔やんでいるw
        それこそどんな分野でも優秀な人というのは「出過ぎた杭は打たれない」境地を
        目指してるだけなんで、「出る杭」としての「自我」は普通の人よりも何万倍も
        強いです。そうでなければ「トップ」になんて立てるわけがない。
      • 0
      • 165. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:23
      • 大体、今年は今年で「愚痴シリーズ」の当てこすりレトリックをジョンレノンの
        レベルにまで高めて攻撃的になってますし、去年ならば「ジェラジェラ」の
        解説にも書いてあった様に「嫉妬心はパワーである」的な考え方も披露している。
        いい歳したおっさんになってきたのに全く丸くなってなんかいないですよw
        そしてそんな「記述されたもの」以外にこそつんく♂の「闘争心」は大きく現れて
        いるはずで、ハロプロに今年書いた曲については全て無視する、という「沈黙」が
        雄弁にものを語っていますよね。ラストアイドルやクラシカロイドならば書く。
        アプガ(2)やポジティブ太郎ならば書く。そんな「対比」だけでも「闘争心」は
        我々に丸見えじゃないですか。
        もちろんこのつんく♂の人並み外れた「闘争的」な性格というのは最近始まった
        ものではないですよね。しっかり観察してれば、とんでもなく面倒くさい人だ、
        くらいの事は誰にでもわかるはずなんです。「音楽」に妥協しない、という事は
        周りのスタッフ達の「ご機嫌」なんて伺ってたら絶対に出来ないです。
      • 0
      • 166. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:24
      • ハロステの初期に娘。のコンサートの後の反省会の様子が紹介されてたけど、
        あれを観るだけでもの凄くピリピリした空気が漂っているのがわかる。
        娘。メンバーやラベンダーが座ってたけども、つんく♂は主にスタッフ達に対して
        ダメ出しを行っている様な映像でした。ああいうのを観てないのかねぇ。
        それとも観たとしても「ピリピリした空気感」を感じ取れないんだろうか。
        いや、プロフェッショナルの「現場」すら想像できない人が※3なのだろうか。
        あれだけの実績を積み上げてきた男がね、他者を立てるだとか和がどうしたとか、
        「ただの良い人」なわけがないじゃないですかw
        絶対、煙草吸ってた時期ならばダメな奴に灰皿投げてますよw

        で、※3みたいなつんく♂の歌詞の「平和的」な部分しか読み取れない様なダメな
        奴というのは、そんな「他者を立てる」だとか「和が大事」だとか言ってるくせに
        私の文章に対して「げろが出る忌々しさ」なんて書いてやがるw
        私はね、こういう「インチキ」が大嫌いてね、だから日本的お花畑思考を徹底的に
        糾弾したくなるわけで、それはジョンレノンを「平和の人」と括ってしまう乱暴さ
        に対する憤りとも繋がるわけです。ジョンレノンの事なんも知らん輩が、勝手に
        SMAPの歌だとか湘南乃風レベルに貶めてんじゃねーよ、と。
        だからこれはつんく♂だってそうなってしまう危険性がある、という話になって
        しまいますのでね、わりと本気で危機感を覚えてます。
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      • 167. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:26
      • 結局ね、日本的な気持ち悪い「和」。十七条憲法みたいに建前で書かれてる分には
        どうでもいいんですけど、本当に「実体」として存在してしまう様な「和」という
        現象がありますでしょ。もちろんそれはどこの国にも見られる現象ではあって、
        いわゆる同調圧力であるとか、イジメの問題なんてのは世界共通です。
        ただし、日本はこれも結局は「近代化」の際のとんでもない「誤読」の様な話に
        なってしまうけれども、日本人の「和」という概念が、恐らく大昔に他民族国家と
        して成立した際には暫定ルール的なものに過ぎなかった。

        簡単に言うと、なかなかまとまらないから「和」なんて言葉が出来ているわけで、
        元々まとまってたらそんな単語は出てこない。まとまらないから条文だけでも
        まとまりましょう、と書いてしまう。これはだから「本物の」近代を先駆けて
        いる「思想」なんですよ。他の国だとその当時は、まとまらなければ殺してしまえ、
        奴隷にしてしまえ、なんだから。それは野蛮じゃねーの?という見直しが行われた
        結果が西洋の「近代化」なのであって、そんなものならばとっくの昔の大和時代に
        日本では達成されている。しかし江戸の終わりに見たこともないテクノロジーと、
        西洋で歪に発展してしまっていたアカデミズムというものの邂逅によって、
        明治維新が起こる。そこで、ことごとくアカデミックな文献の翻訳を間違えて
        しまう。「平和」だとか「平等」だとか「人権」だとか、そんなものは日本には
        昔からある概念なのに外国の単語を訳す時にすでにある単語ではなく、新語を
        作って対応してしまう。しかもその翻訳の仕方には「漢語が偉い」という嫌な
        伝統をそのまま流用したから「音読み」ですよね。
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      • 168. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:27
      • そうなると日常使っている「ことば」との乖離が出てきてしまう。ただの単語
        なのに「偉そうな」ニュアンスが漂ってしまう。これが日本における「近代」の
        問題を考える時の一番重要なファクターなんですよ。

        隠れキリシタンが聖書を翻訳してて「神の愛」という頻繁に出てくるフレーズを
        「御大切」と訳してますよね。今使われてる「愛」という抽象的な単語よりも
        ずっとわかり易いし、おそらく原語の意味に近い気がする。
        「Love=御大切」、こっちの方がたぶん合っている。「凄く大切」って言われた
        方がね、「愛してる」なんて言われるより嬉しいはずなんですよw
        だって「意味」がしっかり伝わるんだから。「愛してる」だと一方通行の押し付け
        がましさまでニュアンスとして出てしまいますからね。
        「あなたが私のことを好きなのはわかったけど、だから何?」みたいなねw
        「私はあなたの事を大切に思っている」ならば、ただの自分勝手な感情の吐露には
        ならなくて、言われた方も自分のことを「大切にしてくれるんだろうなあ」と
        感じる事ができる。この「違い」は要するに日本語なのか人工語なのか、という
        根本的な要因によるものでしょう。
        そしてもちろん「和」だって漢語なわけで、聖徳太子の時代だと相当いかがわしさ
        全開だったかもしれないけれど、庶民が使ってないのならば本格的な普及はしない。
        結果的に「建前」としては仲良くやろうぜ、くらいの感覚が残ったものと思われる。
        これは西洋人が近代化した時に得たものと全く同じなんです。つまりは「建前」と
        いうものをしっかり作る、という事が「近代化」の真の意味なのかもしれなくて、
        「本音」まで「建前化」する必要は全くない。
        ここ最重要なポイントですよお。試験に出ますからアンダーライン引いて下さいw
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      • 169. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:28
      • かくして日本の近代化というものは、建前と本音の区別が付かない歪なものとなり、
        結果として江戸以前よりも「抑圧的な社会」になってしまった。
        だっていくら身分制度があったからって、本当に怒ったら大衆の「一揆」なんて
        いくらでも起きてたわけですよ。明治以降は「暴力はいけません」。
        もちろんそれでも「暴力」はなくならないけれども、西洋風法律という杓子定規な
        ものがアカデミック単語のひとつとして入ってきてしまっているから、大岡裁きは
        期待できない。そんな「抑圧」がどんどん根付いていくと、ついには「怒る」こと
        さえも「悪」という極端な世界に突入してしまう。

        これは世界と日本を隔てている大きな違いでしょうね。「怒る」なんていうのは
        「喜怒哀楽」というくらい人間の当たり前の感情のひとつなのに、その発現すら
        抑圧しようとする意識が出てきてしまう。これは他人が、ではなく自分が自分を
        抑圧してしまうという深刻な意味です。無論、他者からの抑圧の視線にも囲まれる。
        そしてそれはいつか「爆発」する。常日頃から「怒る」という自然な感情を
        制御しようとしてしまっているからガス抜きすらできない。だから爆発する。
        いや、これは「近代」が孕む最大の欠陥ですから、全世界の人間が同じだけども、
        とりわけ日本では「抑圧」が強くなる。爆発できる人間はまだいい方で、その
        爆発のエネルギーすら失われて下手すると病気になる。病気までいかなくても
        無気力と言いますか、エネルギーの感じられない夢遊病者の様な人間が増えていく。
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      • 170. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:30
      • ここのサイトでクローズアップ現代の番組を記事にしてくれ、と管理人さんに
        頼んだ人がいてね、ハロプロと関係あると思って私もつい観てしまったんだけど、
        在日韓国人の弁護士が反日運動かなんかやってて、それを嫌韓サイトで知って怒った
        人達が懲戒免職を求める署名か何かしたのかな、そしたら逆にその弁護士から
        訴えられて、怖くなって反省しちゃったり和解を申し出る、なんていうつまんない
        話なんだけどもw、あれを紹介しようとした人が何を見せたかったのか謎なのは
        ともかくとして、私が思ったのは「おー、抑圧されとるなあ」という感想です。
        それは署名運動に参加した人達が「怒り」を覚えた上での行動だったとしても、
        逆に裁判やるから出て来いと言われたらオロオロしちゃってるからです。
        もし私がその立場だったら絶対に「受けて立つ」w

        だって「怒った」から行動したんだろうに、相手の反撃も想定してないなんてね、
        だったら初めから怒るなよ、と普通は思いますよねぇ。
        というか「逆ギレ」されたら「ごめんなさい」って、元々の怒りのエネルギーが
        弱過ぎるんですよ。私はこんな問題に関心はないし、韓国人弁護士の肩を持つ
        わけでも決してないんだけども、むしろ怒って懲戒請求をした人達の方が
        集団化していたという意味で「いじめ」の構図に見えてしまう。
        いじめられっ子に逆襲されたらごめんなさい許して下さい、って娯楽映画ならば
        痛快なシーンになってしまいますよw だからこういうのもね、我が国の問題点を
        象徴してはいるなあ、と思ったんですけども。
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      • 171. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:32
      • しかしそんな分析してる番組ではないんだこれがw ネットの問題点、なんて
        話になってて、まあNHKのニュース解説みたいな番組なんでね、嫌韓サイトに
        影響される事の愚かさ、みたいな「本音」を電波で垂れ流したいだけですね。
        一応は今のネットの「お気に入り」とその「関連」しか見ない問題、という
        お決まりの「趣味嗜好の細分化」みたいな構図で番組は作ってて、NHKに使われた
        社会学者は「分断化」なんて言ってましたけどw、これまたメタ構造になって
        まして、抑圧された日本人のエネルギーの弱さを取り上げつつ、番組作ったNHKも
        「嫌韓サイトは見てはいけません」という本音は言えなくて、「ネットの問題」
        という今始まったわけでもなんでもない話にすり替えようとしている。
        だから番組作ってる側もインタビューで出演した当事者と全く同じ抑圧の中で
        全く同じ「ねじれた行動」を取ってしまっている、というね。

        ネットでは相手の顔が見えないので意見が過激になりやすい、なんて20年前に
        とっくに知られてる話を大真面目にやってたりね、だったらNHKの番組スタッフ
        だって視聴者の顔見えてないだろ、っていうねw
        まあ、これはもうひとつの「本音」として「ネットではなくテレビを観ましょう」
        というただの「宣伝」の方が重要なのかな。うん、たぶんそうですね。
        匿名性という意味ではテレビ局の人間だって同じですからね、しかしそんな
        「NHK」というハンドルネームの匿名性でものを言ってよいのは俺たちだけだ、
        一般人は意見なんて言ってはいかん、という時代錯誤なネット批判が、彼らの
        「本音」なのは間違いないところでしょう。
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      • 172. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:34
      • で、何の話だったのかすっかり忘れてますがw、たぶん「近代」問題。
        そして「近代」が日本人を「抑圧」して、近年では爆発する事も難しい、と。
        だからハロウィンだとかサッカーの日本代表の試合のあと暴徒化する、なんて
        いうのも「怒り」としては発散できないけど、溜まってるガスを抜きたい、
        という人達が集まる「儀式」になってるんじゃないですかね。
        だとしたら少しは目を瞑ってやろうかという気もしなくもないけれども、
        その「儀式」の場が「恵方巻き」みたいに食品業界が無理矢理でっち上げた様な
        「ハロウィン」ではねぇw、やっぱり情けないよなあ。

        昔、戦後まもなくの昭和20年代から30年代にかけての話だけれども、その頃に
        似たような「バカ騒ぎ」の風習が日本に存在してた事がありましてね。
        それは何かというと「クリスマス」なんですよ。これは私の親父から体験談として
        聞いたんですけども、進駐軍が何やらクリスマスという日にパーティーをやって
        いたりする、と。それを見た日本人たちが、たぶんアメリカ人のお祭りみたいな
        もんだろうから無礼講の日なんじゃないか、と勘違いしてw、意味もまったく
        わからないのにメリークリスマス!なんて知らない人達に話しかけながら12月の
        寒い夜の街を練り歩く様になっていったらしい。
        進駐軍はパーティーと言っても鶏肉食うくらいのもんなんですけどね、まあ不良の
        軍人だとそんな日本人に混じってばか騒ぎする様な奴もいたのかな。
        で、とにかくうちの親父が言うには昔のクリスマスは凄かった、とw
        24日の深夜中、ずっと凄い数の群集がばか騒ぎしてて、もちろん私の親父も参加して
        たんだろうけどw、そんな「クリスマス」って私の世代だと全く知らない。
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      • 173. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:35
      • 私の世代に関するご質問もあったのでここで答えておきますが、私はつんく♂より
        上なんだけどほぼ同世代です。いや、年齢書けば一発なんだけどもネットなんでね、
        少しでも個人情報は隠したくなるw まあつんく♂が50歳なんだからそれよりは
        上で、そんなに離れてはいない、と。
        だから歌謡曲の変遷で言うと、例えば「アイドル歌手」みたいな括りで最初に
        好きになった、というか、幼心に「きれいでかわいいお姉さんだなあ」と思った
        のはアグネス・チャンと麻丘めぐみですね。いや、これは単に髪の長い女の人、
        というのがツボだったのかもしれないw
        でも、その「歌」も大好きでしたねぇ。麻丘めぐみの二枚組のベストCDが出た
        時に買って、懐かしいなあ、とよく聴いてたり、こんな歌もあったのか、なんて
        驚いたり。アグネス・チャンの手頃なベスト盤がCDになってないのが不満でねw、
        古いのならば何度かCD化されてるんだけど選曲に不満があったり、CDって基本は
        今世紀に入ってからくらいの方がリマスターされてたりして音がいいんでね、
        そんな最新リマスター選曲完璧ベストの発売を待ちわびている、というw
        まあそんなコレクター話はどうでもいいとして、歌謡曲の変遷という意味では
        その頃からは全部リアルタイムという事ですね。
      • 0
      • 174. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:36
      • でね、J-POPの方はほとんど後追いなんですよ。それは日本のカラオケバブル
        だとかCDバブルの時代に丸々アメリカに住んでたから。帰国したら浦島太郎でね、
        そもそもカラオケというものはスナックに置いてある時代しか知らないし、
        実はCDすらも一枚も持ってなかった。日本にいた時はCDは割高だったし、LPが
        好きだったし、アメリカ行くともちろんCDも売ってるんだけど、CDよりもカセット
        テープが強い国だったんですよね。これは車社会という事もあるし、国民性も
        あると思うけど、面倒くさそうな機械が嫌いな人が多いw
        そのくせパソコンが真っ先に普及したのはタイプライターの文化と連続してたから、
        というだけの話でして。そしてなんでタイプライターが普及してたかというと、
        アメリカ人の書く筆記体なんて誰も読めないw いや、簡単なクリスマスカード
        みたいなものには書くんだけど、レポートだとか書類として提出するには無理が
        ある、みたいなw 関係ない話ばかり書いてますけど、文化人類学的な日頃の考察の
        何かのヒントにでも、もしなって頂けたら私も嬉しい、と思いまして。(^^)
      • 0
      • 175. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:38
      • で、いよいよ本当に何だったっけ?w
        ああ、クリスマスの話でした。私の世代だと、クリスマスという行事は子供のための
        行事。12月24日の新聞にはオモチャのカタログ広告が沢山挟まっててね。
        私は一度もサンタクロースなんて存在は親から教わってないので、親父がオモチャを
        買ってきてくれる日としか認識していない。で、恐らくだけど大人達もばか騒ぎは
        もうやっていない。もし、私が子供の頃もやってたら、そういうニュース映像を
        テレビで観たはずなんですよ。しかし一度も観てないし、自分が成長した後もそんな
        風習は見たことがない。だから戦後のほんの一瞬だったのかもしれませんねぇ。
        とにかくクリスマスという行事は、キリスト教徒の人は別として、最初は日本人に
        とって「大人達がばか騒ぎする夜」。その後はベビーブームが何度もありますから
        「子供達がオモチャをもらえる日」。
        そこから年月が経ちまして私が若者になった頃だと「恋人同士が過ごす夜」という
        パブリックイメージに変化している。これはユーミンの歌だとか山下達郎の歌が
        CMに使われたりして、バブル景気と重なって敬虔な夜が性愛の夜になってしまったw
        まあ一番最初の受容のされ方からして「ばか騒ぎの夜」なんでね、今のハロウィン
        に近いわけで、敬虔さなんてものはこの日本には一度も伝播していない。
        現在のクリスマスの「位置づけ」というのはどうなっているんですかねぇ?
        テレビでのクリスマス特番みたいのが年々無くなっていく過程は見てきた気がする。
        その後テレビ観なくなってますから知らないけれども、今はさらに盛り上がってる
        感じではなさそうですよねぇ。クリスマスがダメになったからハロウィンという
        日本人にとっての新種のお祭りが持て囃されるのかなあ。
      • 0
      • 176. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:39
      • というか最初はハロウィンって日本に増えてきた外国人、その中の不良連中が
        山手線の中で酔っ払って暴れている、みたいな報道のされ方でしたよね。
        それを不良の日本人が真似る。そのうち食品業界やファッション業界などが
        商品販売のチャンスとして参入してくる。もちろん広告代理店も仕掛けには
        絡んでいるんでしょう。だからどうでもいい話なんだけどもw、着目するとしたら
        ハロウィンに含まれる「仮装」ですよね。これは「続くの人なんてヤだ」氏も
        興味惹かれるところではないでしょうかw
        「仮面」の文化史だとかですね、私も読んだ記憶はあるんだけど忘れたw

        でもコスチュームプレイというのかな、ラベンダーの宮澤まりんさんが好きな
        遊びね、ああいうのも含めたら日本人の「非日常」に対する「渇望」の様な
        現象が高まってきている時代の様には映るんですよねぇ。
        もっと言えばオリンピックの応援などでフェイスペインティングの様なものが
        べつに珍しくなくなっていたりね、どうも「土人化」と言いますか「原始化」の
        様な現象が多々確認できる気が致します。ピアーシングだとかタトゥーなんて
        いうのもね、私の世代だと同時代文化とは全く思えないくらいに過激になった。
        これはもう、男が髪を染める、からして未だに違和感ありますからね。だから
        つんく♂なんてね、私は最初見た時、ばかだと思ったw
      • 0
      • 177. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:40
      • 無論、こういう「自分の身体を痛めつける系」というのは精神疾患との関連性も
        高くて、刺青入れるのも体中にいっぱい穴開けてピアス付けるのも、手首を切る
        様な行為と大差はない。死ぬためではなくて単に血が見たいだとかで傷口浅く
        リストカットしてしまう行為が止められない、なんて人も増えてますよね。
        だからまあ、私の考えでは「健全な」方向性の「土人化」ではない気がしている。
        だって「土人」は本来、健康そのものなはずですもんねw
        日本でタトゥーやピアーシングに凝ってる人で健康的に見える人は一人もいないw

        「続くの人なんてヤだ」氏も色んな体験やフィールドワークをなさっている事が
        今回の返信で私にはよくわかりましたけれども、やはり「健全な」縄文回帰だとか
        「健全な」仏教信仰とは違ってるわけですよね。
        だとしたらやっぱり「近代」の「閉塞感」や「抑圧」を早急の課題とみる考え方に
        私は傾いてしまう。結構これでも深刻に考えていたりするんですよねぇ。
      • 0
      • 178. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:43
      • というのは私は「今」が「世紀末」の様な気がしてならないんですよ。
        20世紀の終わりというものは確かに全世界的にノストラダムスの予言を意識して
        しまった様な感じで、それが様々な新興宗教の勃興や凶悪な犯罪事件、あるいは
        人種対立やエイズなどによって増幅されて、社会不安として現れていた。
        一方では「この試練を乗り越えれば世の中が良い方向に変わる」みたいな期待感も
        充満していた。これは癒しブームだとかサイババブームだとかのオカルトも含まれ
        ますし、当時は期待感しかないインターネットという新しい仕組みに関しても同じ。
        そういった「不安感」と「期待感」がゴチャ混ぜになっていたのが20世紀最後の
        10年間だった様に思う。しかし、いざ21世紀に入ってしばらくしたら私の観察
        ではどちらも消えて無くなってしまった様に見えた。宮台真司の言っていた
        「終わりなき日常」という状態は、それが語られていた20世紀末よりも、むしろ
        21世紀になってから出現したのかもしれない。
      • 0
      • 179. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:45
      • 無論、21世紀というものは同時多発テロから始まっているわけで、その後も
        世界中で自然災害や戦争や経済危機も多発している。にも関わらず、前回の
        世紀末の様な「不安を煽る勢力」と「期待を煽る勢力」がゴチャ混ぜになって
        混沌としていた様な「エネルギー」が全く感じられないんです。
        でね、本当の「世紀末」というのは、こういう状態なんじゃないか、という
        変な予感が私にはある。大体、みんなが大騒ぎしてる時って大抵空振りに終わる、
        と言いますか、いや、もしそんな騒ぎが的中してしまったらそれは「予言的中」
        なのであって、そこまで現代人が「続くの人なんてヤだ」氏が書いてくれた、
        「現代人よりその(天変地異)発生に対しては予測できる知恵がある」という
        「存在」だとは全く思えないですよね。ですから、現在の「無気力状態」の時こそが
        本物のカタストロフの前触れなんではないか、なんて怖い事、書いてますけどもw
      • 0
      • 180. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:46
      • もちろんお書きになっている様に今も新興宗教は活発に布教している。
        しかし、その勧誘の誘い文句がひと世代前の「現世利益」に回帰しているのでは
        ないか。宗教史も当然お詳しいでしょうから詳しくは省きますが、「新・宗教」と
        「新新・宗教」(オウムなど)との断絶は、その「新興宗教」という狭い分野の
        中では「進歩」を意味していた。しかし現在は「退歩」して元に戻っている。
        べつに私は「進歩主義者」ではないので、その事自体を嘆いているのでは決して
        ないのですが、これは「音楽」もそうですし、すべての「文化」が右肩上がりの
        成長を止めてしまって、むしろ右肩下がりに「退化」している、というのは
        どうにも気持ちが悪い。進歩思想を打ち破るものがまさか退歩思想だなんて、露ほども
        私は思っていなかった。そんな戸惑いと言いますか、しかし深く考えれば「進歩」が
        止まった時に「退化」や「劣化」以外に何があるのか?とハタと困ってしまう。
        そんな「問題意識」で世界を常に眺めているのが私です。
      • 0
      • 181. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:49
      • そこで「近代」という古典的な「テーマ問題」に回帰してしまったんですが、
        それは「ポスト・近代」を考える事と同義なわけです。
        しかし考え続けていると破滅的なカタストロフしか見えてこない。
        まあ、要するにハロプロと同じ話なんです。「続くの人なんてヤだ」氏には全く
        関係ない話だろうけれども、この考え方で「芸能」も見ていけばハロプロの劣化や
        崩壊も必然だという事がわかってしまう。だからまあ、完全な破滅の前に一人でも
        多くつんく♂の教え子を救い出したい、なんて動機でしか関われなくなっている。
        これはちょっとしんどいですねぇ。もはや「芸能」として見れなくなってますからw
        真面目にハロプロからの「リアル脱出ゲーム」を私は応援しています。
        まあ、でもそれも「芸能」と言えば「芸能」なんでしょうかねぇ。
      • 0
      • 182. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:51
      • というわけで、そろそろ調子に乗るのは止めまして、本題に戻ります。
        前回「続くの人なんてヤだ」氏には釈迦に説法みたいな基本の話を長々と書いて
        しまって反省してますのでw、今回は最初に書きました「つんく♂の闘争心」に
        絞ってまとめていこう、と思ってるわけですが。
        あえて挑発的に書きますけれども、つんく♂の作品や考え方というものは決して
        日本的お花畑に通じる様な「平和的」なものではない、というテーゼです。

        前回もそれを「反動」という単語やジョンレノンとの「共通点」という形で説明を
        しようとはしたんですけれども、おそらく脱線したままで戻れなかったw
        今回は具体例を挙げますので、まずはそこから考えていきたい。
      • 0
      • 183. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:54
      • えー、私はですね、つんく♂が今まで一番「政治的」なものに接近した瞬間と
        いうのは「What is love ?」を書いてた時期だと思ってるんですよね。
        これはJ-MELOという海外向け放送のテーマ曲でしたから当然「世界」を意識して
        おります。そしてあからさまな「疑問形」で正面から「LOVEとは何か?」と
        問いかけてみせた。そして挑発的に、

        「たった一人を 納得させられないで 世界中 くどけるの?」

        という、更なる疑問文を畳み掛ける様にして、入れ子構造にしている。
        このフレーズは私、びっくりしたんですよねぇ。
        いわゆる「平和運動」の胡散臭さみたいなものに対する「否定」を、真っ向から
        作品の中に描いてしまった。
        こういう「視点」というものは「続くの人なんてヤだ」氏ならばご承知の通り、
        禅の公案にも出てきますし、そもそもゴータマ・シッダルーダの根本思想、
        つまりは今で言う「小乗仏教」的な発想に色濃く見られます。
        最古と言われる「法句経」にも確かこういう話は書かれている。
      • 0
      • 184. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:56
      • しかし「大乗仏教」という大きな流れの中では、文字通り「大乗」ですから、
        「自分以外の人々を救わなければ」という「おせっかい」が、浅い部分では
        主流となってしまう。「続くの人なんてヤだ」氏が体験されている様な
        新興宗教のまさにおせっかいな「勧誘」というものも、この大乗的発想では
        あるわけですよね。もちろん本物の「大乗」、特に日本で発達させた独自の
        「思想」はそんな「浅い」ものではない。親鸞みたいに肉欲や悪人も肯定して、
        むしろ釈迦に喧嘩売ってる様な過激さこそが日本仏教の真髄なのであって、
        それは明治以降、やたらと新興宗教に利用されがちな日蓮だって同じです。
        日蓮なんて外国人排斥運動やってるんだからw、保守反動の一番過激な部分を
        鎌倉時代に体現している。だから戦前ならば日蓮宗というものは「右翼」と
        結びついていたわけで、それは宮澤賢治の様な法華経信者の考え方の根本が、
        現在語られている様な「平和的」なものではない、という事実からも窺える。
        あー、宮澤賢治で思い出しましたけど、つんく♂の誤解のされ方と似ている
        わけですよ。「童話」なんてものを書きまくったから「平和的」の様に
        受け取られてしまう。それは全く作品を読み込んでいないただの「イメージ」
        なんですけども、つんく♂も「ラブ」だとか「ピース」だとか書いてるから、
        「平和的」と誤解されてしまう。そんな「表層」しか読み取れない人達による
        間違った「イメージ」というものが先行してしまう。
        まあ、そんな「苛立ち」もつんく♂には常にあったと思うんですよね。
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      • 185. 長文の人
      • 2018年11月06日 12:57
      • そこで「What is love ?」で真っ向から陳腐な「平和論」なんてものを否定して
        みせた。デモだとか社会運動なんてものの一番の欠陥を、先のフレーズ一発で
        ぶち壊しにかかる。そういった「過激さ」を誰も指摘できなかったところに、
        ハロヲタの知的水準の低下が私なんかには観察できていたんですけれども。
        他にもこの曲には、

        「勝利の女神は 誰にも 平等でしょうか?」

        という、これまた痛烈な「皮肉」も仕込まれている。先のフレーズが浮ついた
        「平和」の否定とするならば、こちらは浮ついた「平等」の否定。
        問いかけの形式を取ってはいるけれども、それは「わからない」から問うている
        のではなく「わからない人」への「皮肉」として書かれている。
        この時期は他にも「愛の軍団」で「大きな力に飲み込まれない」と歌わせて
        みたり、そもそも「軍団」なんて物騒な単語を使っている事からも、かなり
        「闘争的」なモードになっております。
        他にも何度も繰り返し出てくるテーマだけれども、日常的な女の子ソングにしたって
        「流行」を追いかける事の愚かさ、これは「続くの人なんてヤだ」氏も大好きな
        「ダイエット王国」の歌詞も同じですけれども、「ダイエットブーム」の愚かさを
        きちんと皮肉っている。こういったメッセージを肝心のハロプロメンバーが
        読み取れておらず、無駄なダイエットをしてリバウンドする、といった悲劇が
        繰り返されている事に、私などは少し苛立ったりもするのですが。
      • 0
      • 186. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:00
      • ともあれ、つんく♂の書いてきた作品に能天気な「ラブ」や「ピース」といった
        「軽い」ものはたぶんひとつもないんですよ。
        そもそも「ピース」と言いつつ「選挙の日に外食する」「好きな人が優しかった」、
        という「日常」重視なんだから、非日常の平和運動なんかをずっと否定してきた。
        「この地球の平和を本気で願ってるんだよ!」というタイトルの曲でさえ、
        貯金が溜まったけどあえて数えない、だとか「日常」の平和を羅列する。
        そのものズバリの「ラブ&ピース」という曲もそうですよね。あれも日常の小さな
        幸せを羅列しているけれども、更に大きなメッセージとして、

        「例えばほら 愛あるから平和なのかな? 平和だから愛があるのか?」

        と、いきなり愛や平和の「定義問題」を投げかけている。そして、

        「今思えば 笑顔だから幸せなのか? 幸せのおかげで笑顔か?」

        と、歌詞は2番が重要な法則に則って、まさに禅の「公案」を示してしまう。
        この、卵が先か鶏が先か、みたいな「問題意識」というものはつんく♂作品に
        多々見られて、それは「愛」や「平和」が単純な問題ではない、という深い思索の
        成果を暗に示している。という事は必然的に単純な「愛」や「平和」なんていう
        軽いだけの「物言い」は全否定している。
      • 0
      • 187. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:01
      • 私はね、ハロヲタたるもの、というかつんく♂ファンなるもの、この思索の深遠を
        スルーしては絶対にダメだと思いますね。なぜかと言えば、愛だとか平和という
        単語を、ロクにその意味を検証する事もせず、安易に使ってしまうミュージシャンは
        多いわけですよ。そんな人達と一緒にされていいのか、と。
        もっと言えば、こういった「耳障りのいい」だけの単語を安易に使ってしまって
        恥じない文学者や学者、なんていう世も末な人達すら山ほどいる。
        だからですね、無理に「政治」と絡める必要はないし、「続くの人なんてヤだ」氏も
        ご指摘の通り、それらを直感的にかわしていく才能がつんく♂にはあるけれども、
        だからといってただの「ラブ&ピース」な人、なんて評価に落ち着いてしまったら
        私としてはガッカリだし、つんく♂だって「ちゃうねん」と思うはずなんです。
        それは前回書いた様にジョンレノンでさえ「愛と平和の人」とされてしまうのが、
        我が国の「生ぬるさ」ですからね、そこに喧嘩を売っているつんく♂をサポート
        するには、きちんとそこの部分を大きく評価してあげなければならない。
      • 0
      • 188. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:03
      • 日本的「生ぬるさ」に喧嘩を売る、というのは作詞に限りません。なんたって
        リズムをこれでもかと強調して複雑化させた「作品」を発表し続けている事が、
        何よりの証拠と言いますか、つんく♂の「闘争」の足跡なんですよ。
        日本人のリズム教育、なんていうのも裏を返せば日本人はリズム感に乏しい、と
        言わば「呪っている」から出てくる発想なわけで、そんな大衆に迎合しようなどと
        いう「商売っ気」すら最初から捨ててしまっている。

        まさにつんく♂はいつだって喧嘩腰ですよ。戦い続けている「闘争の人」です。
        したがって現在、他の若手作家がそんなつんく♂の底知れぬ深さに対してまったく
        考慮せずに、ただ表層的に「地球」「LOVE」「平和」といった単語を使用して、
        それらさえ使えば「ハロプロらしさ」などとやってしまっているのは正直、腹が
        立つわけですよ。実際、彼らの作品からは同じ単語を使用していても、何の深みも
        感じられない。むしろ「軽く」なってしまって、それこそ反吐を催してしまう。
        つんく♂は「綺麗ごと」なんかでそれらの単語を使っているのではないんです。
        「闘争」の道具として、「怒り」の発露として、「意識的」に使用している。
      • 0
      • 189. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:04
      • だから近年の「愚痴シリーズ」にしたって突然変異的なものでは決してない。
        標的が「アップフロント」という会社に向けられているから具体的になっている
        だけで、「生ぬるさ」や「綺麗ごと」の中で惰眠を貪って、「理想」も追い求めず
        結果として努力もしなけりゃ仕事にも手を抜く駄目な日本人に、オレが渇を入れて
        やる!みたいな「毒」というものを、最初から撒き散らしている人間です。
        そういった、つんく♂の「過激さ」や「毒」というものが語られていない気がして
        私は凄く不満なんですよねぇ。

        もちろん私自身もなんですけど誤解を招く賞賛の仕方、と言いますか、つんく♂の
        メンバーに対する「愛情」の様な側面を強調し過ぎると、自然とつんく♂という
        人間は「良い人」である、と言ってるだけになってしまう様なジレンマがあります。
        以前も現在のハロプロのメンバー同士を露骨に競争させてしまう様な握手会批判の
        話の時に、ハロプロとは「生ぬるさ」が観てて楽しかったのではないか、みたいな
        書き方をしてしまった記憶がある。
        いや、その話の場合の「生ぬるさ」という表現は「家族的」という意味なんです
        けども、家族的と書いたところでやっぱり誤解はされてしまう気がします。
        しかし、いちいち細かく説明するのもねぇw
      • 0
      • 190. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:05
      • まあ、試しに今回だけやってみますけれども、「家族的」という事は「身内的」と
        いうことになりますよね。この「身内」という概念は当然「身内以外」、つまり
        「赤の他人」を規定してしまうので、実態はとても「差別的」です。
        私なんて、これは本当の話ですけども、日本の邦楽というものはつんく♂が絡んで
        いないものはほとんど興味がない。もちろん、ルーマニアモンテビデオだとか、
        GO!GO!7188だとか、ハイ&マイティカラーだとか、ヴェルトパンチだとか、
        気志團だとか、木村カエラだとか、今世紀に入ってからでも「おっ、いいな」と
        思って作品を集めてきたミュージシャンはいるんですけど、まあ、熱量が全く
        違います。あ、そうそう「続くの人なんてヤだ」氏の好きな椎名林檎も途中まで
        だけど愛聴してましたねぇ。でも、つんく♂と較べてしまうとスケールが
        どうしても違い過ぎてしまって、結局は熱量としてはそんなに溜められない。
        というか、上に挙げた他の人達、確かに好きではあるけど「語りたい」とまでは
        まったく思いませんからねw、まあ「そんなもんだろう」と。
      • 0
      • 191. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:07
      • そんな「私の趣味」なんていう狭い話ではあるけれども、やっぱり「差別」は
        してしまうわけですよ。それは「区別」ではないか、なんて「生ぬるい」事は
        私は言いませんw これは「差別」なんですよ。「差」を感じてるんだから。
        でね、私がハロプロに感じた「生ぬるさ」「生暖かさ」という「家族的」な印象と
        いうものは「差」を確実に意識する「差別的感情」ではあるわけです。
        今ははっきり書いちゃいますけど、つんく♂が育てたか育ててないか、で確実に
        メンバー達をも差別しちゃってると思います。つまりはつんく♂を「父親」と
        した「擬似家族」を応援するという側面が確実にハロプロにはあったわけで、
        別の「父親」の子だとか「父親不在」の子なんていうのは、私には「他所の子」に
        思えてしまう。そういう残酷さというのは一般社会でも当たり前なのであって、
        「What is love ?」のメッセージ性にも、その残酷さは含まれてしまう。
        かといって「すべての人類を愛しましょう」みたいな明らかな「偽善」なんて
        誰も本気で信じてる人なんていない。この問題は要するに、一人一人がその人に
        とっての「家族」を大切に思ってやれば、結果的にみんな幸せに近付く、という、
        文章で説明してしまうと当たり前過ぎて陳腐なんだけども、「差別」すら肯定した
        上での、「大乗仏教」的思索の深さが仕込まれているわけです。
        「続くの人なんてヤだ」氏が書いている「ハロプロのやさしい世界観」という
        表現も、私のこの野暮な説明とまったく同質でありましょう。
      • 0
      • 192. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:09
      • あー、結局「続くの人なんてヤだ」氏には釈迦に説法の話になってしまったなあ。
        まあ「往復書簡」ではあるけれども、ROMの人に向けても書いてますんで、これで
        いいのかなあ。いやあ、もっとあなたがビックリしてくれる様な新鮮な話を本当は
        書きたかったんだけどもw

        縄文時代の「天の岩戸」的なコンサートのイメージ、楽しいですねぇ。^^
        私がまたもや蛇足で付け加えると、日本神話における「女性優位」、もっと言えば
        日本に宿っている「母系性」ですよね。これまた「南方」との類似点が多いのは
        「続くの人なんてヤだ」氏には説明するまでもなく、ここから「女系」の話にして、
        例えば天皇の「皇位継承論」まで展開する、というのも、あなた相手にはまったく
        必要がなさそうなんでねw、そろそろ終わりにしますけれども。(^^)

        で、本当は※156に書いてくれた「物語」の問題、これについても書きたかったし、
        他にも山ほど語りたい事はあるんだけども、キリがないので今日はカットw
        ロゴスよりもパトス、とだけ書いておきます。少しは伝わるでしょう。^^
      • 0
      • 193. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:10
      • そして、なんだ、「その手には乗って」くれなかったかあ。うーん、残念w
        もちろん「続くの人なんてヤだ」氏の「行間」部分はしっかり読み取りましたので
        すべて理解できております。密教的な話も含めてねw
        ただ、まあ、私もこうやって書いてて楽し過ぎるんでw、たまにはちょっとした
        「お題」をひとこと書いていただいたりですね、「質問」みたいなものを一行で
        いいから書いていただけると、私はそれを確実に膨らませますんでw、それくらいは
        期待したいなあ、と。これもね、別に私の「書ける自慢」ではなくて、つんく♂
        くらい巨大な存在ともなると、どんな話を書いても絶対に繋がってしまうという事
        なんですよねぇ。まさに森羅万象をウワバミの様に呑み込んでしまっているのが
        つんく♂その人であったり、つんく♂の作品群であったりするのでね。
        どんな話題であっても、つんく♂と「縁がない話」というものは存在しない。

        これは真の「巨人」に共通して見られる特徴ですよね。私の世代だと小松左京や
        吉本隆明や横尾忠則や西部邁といった人達を想起してしまう。そういう人達は
        どんなものでも、その人達の表現方法で語ってしてしまうし、こちらも何を考えても
        結び付ける事ができる。つんく♂はそんな真の「巨人」の一人なんですよ。
      • 0
      • 194. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:11
      • というわけで、書いてる途中で忘れてしまった事が多々ある気がしておりますがw、
        今回はこの辺りで〆とさせていただきます。
        いやあ、ポジティブ太郎も当然チェック済みで、きちんと伝わって楽しかった!
        あ、思い出した。ポジティブ太郎だとかマンパワーだとかの「してやったり感」。
        あれも今回のテーマであるつんく♂の闘争性なんですよ。
        でもただの「イタズラ」という感じもしない。本人は恐らく大真面目にやっている。
        そんな感じもね、ナントカとナントカは紙一重感が出てて最高なんですけどねw

        ああ、そうだ、また思い出したけど「旋法」について研究なさってるんですねぇ。
        しかしケルトやモロッコならば今も少しは原型の一部分が残ってるわけだから
        まだわかるけども、エジプトやメソポタミアってねw、いやあ、凄いわあ……。
        「続くの人なんてヤだ」氏も、私と同様のとんでもない「変人」ですよねw
        私も酒は弱いから飲み交わす、ではなく、やっぱりずっと語り明かしたい衝動には
        駆られるなあ。たぶん話は尽きないよなあ。
        いやいや、これらは私からの単なる褒め言葉として受け取って下さい。
        変なプレッシャーかけてしまったら申し訳ないのでね。^^
        とにかく「仮想現実」の中で出会えただけでも私は満足ですよ。しかも私より
        若いんだろうから、特に嬉しく思う。ハロヲタにまだこんな人がいる、どころの
        話はとっくに超えていて、日本人もまだ捨てたもんじゃない、というねw
      • 0
      • 195. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:12
      • それではまた長くなってしまったかとは思いますが、このおっさんどうしようも
        ねえな、くらいの気分で読んでやって下さい。というか、ここを読む時は全部を
        読んだ後なのか。いや、ならば、すいません。貴重な時間を奪ってしまってw

        というわけで、つんく♂はすげーぞ、と。
        アプガ(2)の新曲のタイトルからして今ワクワクしてるぞ、と。
        タイトルが「かかって来なさい」で衣装がウェディングドレス!
        いやあ、お互いつんく♂ファンは辞められないですなあ、という事で。^^
        それでは、ではでは。返信、本当にありがとうございました。 m(_ _)m
      • 0
      • 196. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:31

      • ※47
        「面白い」投稿がいっぱいあって私も楽しいです。^^
        調子に乗って「自説」投下いたしましたw

        ※59
        いやあ、私なんかを心配して頂いて恐縮です。<(_ _)>
        そんなひと言が私にいつも元気を与えてくれています。
        もちろん催促してるわけでなくw、凹んでる様に見えたらたまにエール下さい。^^

        ※160
        いやあ、近年の研究成果すごいですよねぇ。
        「海」や「川」だけでなく「山」も凄くてですね、日本の「霊山」だとか
        原始宗教的なシンボルって、もの凄い測量技術がなければ絶対できない様な位置に
        すべて配置されてるんですよね。日本列島全部ですからこれはエジプト文明の
        ピラミッドを軽く凌駕する技術で、霊山と認定されてたり、神社が建ってたり、
        注連縄巻いた岩が転がってたりする。
        こういう研究は近年ではなくて80年代からすでにあったんですけど、
        最近になって更に裏付けが進んでいる、という状況ですね。^^
      • 0
      • 197. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:38
      • ※145
        すいません、返信を飛ばしてしまった。m(_ _)m
        いやあ、ほんと「酔狂」ですよねぇ。
        それだけの事を赤の他人にやらせてしまうパワーがつんく♂にはあるんですよ。
        私だって他の作詞・作曲家についてだと、こんなには語れないです。^^
        だからもっともっとつんく♂の存在をハロヲタは誇るべきだし、
        いや、もっと言うならば「つんく♂信者」になるべきだと思いますよお。
        絶対そっちの方が楽しいですからねw
        つんく♂無視しちゃうとこういう「酔狂」は誰も出来ないはずなんですよ。(^^)

        他にも長ったらしいものを読んでくれたROMの方々、もしいらっしゃいましたら
        失礼ながらまとめて「ありがとうございます」!
      • 0
      • 198. 長文の人
      • 2018年11月06日 13:45
      • >管理人さんへ

        またいつものお願いで恐縮なんですけども。
        ※119から※129までのトリミングで、
        「ポジティブ太郎」についての論考、というタイトルで記事化をお願いします。<(_ _)>

        やはり真面目なタイトルだと思わぬ人が書いてくれるみたいなのでw
        あとはやはり、この「ポジティブ太郎」はもっと語られていいと思うんです。
        毎度お手数ですが、よろしくお願い致します。m(_ _)m
      • 0
      • 199. 管理人
      • 2018年11月06日 14:58
      • ※198
        作ってみましたよ~
        (*^^*)

        ---

        [つんく♂]「ポジティブ太郎」についての論考 by 長文の人さん
        http://helloprohealing.blog.jp/54398201.html

        ---
      • 0
      • 200. 管理人
      • 2018年11月06日 15:17
      • ※175
        「クリスマス」ですが
        これも
        たまたま
        「クリスマス」の時期に
        ある国の商店街に行ったことがあるんですけど・・・

        そこには
        ものすごいお買い物をした人々が
        バスに乗り込んだり
        歩道を歩いていたり

        日本には無い風景で
        驚いたことがありますね~

        なんでそんなことをしているのか不思議だったんですけど

        友達に聞いたら
        その国では・・・

        「クリスマス」というのは
        ☆家族が集って楽しい時間を過ごし
        ☆お互いがお互いに感謝の気持ちを伝えてプレゼントを交換する日
        と聞いて
        驚愕のあまり
        腰を抜かしそうになりましたね~

        自分も
        日本式「クリスマス」という
        いかにも広告代理店が主導しただろう
        イメージに染まっていたので

        「クリスマス」には
        ☆「クリスマス」用の恋人を準備して
        ☆バカ高いプレゼントを買って
        ☆バカ高いレストランを予約して
        ☆バカ高いホテルにしけ込む
        という
        一大消費をする日というような
        勝手なイメージを持っていたんですけど

        その友達のお話しを聞いて
        「まったくこっち国のクリスマスの方が健全だな~」
        と思いましたね~

        (続く)
      • 0
      • 201. 管理人
      • 2018年11月06日 15:17
      • (続き)


        おそらく
        ☆バレンタインデー
        ☆クリスマス
        さらに
        文中にもありました
        ☆ハロウィン
        などなど

        その精神性はあえてシャットアウト?して
        ただただ
        「お金を使わせるだけの日」
        そして
        「お金を使わないと何も手に入らない」という・・・
        広告代理店などに
        刷り込みをされているだけの日
        ということに気が付かされたような気がします

        ★地味クリスマス
        ★地味ハロウィン
        など
        お金をかけないことが
        ・異端的
        ・少数派
        ・侮蔑されるべき存在
        であるかのように扱われるのは

        スタンダードが
        「お金を莫大に使う日」という定義が
        なんとなし
        コモンセンスにされてしまっているからなんでしょうね~

        仏教のお話しがたくさん出ていますが
        日本人はもともと
        ・質素で精神性の高い生き方
        が素晴らしいというような感じがあった気がしますが

        敗戦から
        アメリカの大量消費文化が入ってきて
        さらに
        バブル期を迎え

        ・お金を使わないと存在価値が無い
        かのような
        錯覚を持たされていたのかもしれませんね~

        まあ
        いろいろですよね~
        (^_^)
      • 0
      • 202. 長文の人
      • 2018年11月06日 16:00
      • >管理人さん

        記事作成ありがとうございました。m(_ _)m

        クリスマスはアメリカという国ですと、もの凄く質素ですねぇ。
        「ものすごいお買い物をした人々」すら私はついぞ見たことがなかったです。
        「家族が集って楽しい時間を過ごす」のはその通りで、だから日本における
        「お正月休み」に近いので、街は静かになってしまう。
        加えて、アメリカは基本がプロテスタントの分派ですから、教会が威張っている
        わけでもない。よってみんな実家に帰ってしまう。
        熱心な家ならば聖書を読む日、になってしまうから家族パーティーという感じで
        すらなくなってしまう。なんか静か過ぎて逆に不気味でしたw
        つまり、大量消費文化は確かにアメリカ起源なんですけど、日本のそれは元々
        必要ないものにお金を使わせる、という、昔の言葉で言う「高度資本主義」という
        形態なんですよね。アメリカだと車だとか電気だとかティッシュペーハーだとか、
        日本以上に無駄遣いしますけれども、それらは必要と言われれば必要なものとも
        言える。更には日本人の場合「付和雷同」的意識が強いから、ただの宣伝だけで
        まったく不必要なものをみんなが欲しがる様になって、資本主義の形態としての
        「差」がどんどん開いていく。現在、そんな日本を真似てしまっているのが
        中国だったり、日本の「後」に近代化した様な元発展途上国なんですよね。
        だから私は関係ないんだけどもなんとなく責任を感じてしまったりw
      • 0
      • 203. 長文の人
      • 2018年11月06日 16:00
      • そうそう、それで思い出しましたけど、つんく♂の「アメリカへの傾倒」の話を
        書くつもりだったんですよねぇ。私も恐らくつんく♂も単純な「親米」ではないし、
        むしろつんく♂の歌詞にある様に「日本は凄い」と常に思っている。
        しかし同時に常に「日本」に苛立つわけです。
        そこで、今回の「自由な国だから」という新曲もYOSHIKOの証言で判明しましたが、
        ニューヨークに行った直後に書き下ろしたそうで。
        だからYOSHIKOも意を汲んで「自由の女神」を振り付けに盛り込んでいる。
        そういった、日本が大好きだからこそ時には幻滅し、アメリカという人工的な国家
        であるが故に何のしがらみもなく人々が自由に行動できている様な「文化」に、
        ついシンパシーを抱いてしまう、という行動は大昔から多くの右翼的な人間たちに
        観察できる現象なんです。そんな文化的ジレンマのようなものをつんく♂も常に
        抱えている。で、解決策としてはノマド化するか過激派になるかしかないんです。
        私はつんく♂ならばどんどん「過激」の方向に舵を切る気がするんですけどもねぇ。
        理由としては元々「過激」な人間だから、というだけなんですけどもw
        まあ、「日本人論」としても今後非常に興味深い人物です。m(_ _)m
      • 0
      • 204. 長文の人
      • 2018年11月11日 12:45
      • 上に書いた「高度資本主義」については誤解を招くかもしれないので
        補足しておきます。あの後、私も現在この問題はどうなっているんだろ、と
        思ってネットでの言論を調べたんですけども、どうも昔とは違う。
        と言いますか、かつて日本の論壇で行われていた問題意識よりもずっと平板に
        なっていて、問題点というよりも単なる「現状」の様な認識になってます。

        私はアメリカと比較しましたけれども、もちろんアメリカだって、と言いますか
        アメリカこそが資本主義の「最先端」だったわけで「高度資本主義」なわけです。
        ただし、そこから更に導き出せる「問題点」というものは現代の日本にこそ
        現れてしまっている、という分析です。
        これは簡単に言ってしまえば「広告代理店」の話と通じてしまうんですよ。
        日本以上に「広告代理店」が権力を持ってしまった国はない。
        そしてこの「広告」というものを考える時に重要なのが、「ものづくり」という
        資本主義を支える「生産」とは無関係になってしまう、という事なんです。
      • 0
      • 205. 長文の人
      • 2018年11月11日 12:46
      • 無論、宣伝コピーを作るのだって看板を作るのだって「ものづくり」ではないか、
        という反論はあるかと思いますが、これは、これまた昔に流行った言葉で
        「キップル」という概念があるんですけども、要は「広告」というものは最初から
        「ゴミ」として作られている、という指摘なんですよね。
        新聞広告やダイレクトメールなんていうのがわかり易いですけども、それらの
        「製品」はほとんどの人が読むこともなしにゴミ箱に直行する。
        つまり、最初から99%は「ゴミ」と覚悟した上で作られている。
        この「ゴミ」を作る行為を「生産」だとか「ものづくり」と言ってよいのか、
        という問題意識がまずありまして、しかもそんな99%が「ゴミ」になってしまう
        ものを作っている会社が、一番「偉くなってしまう」という現象。
        これは流石に変だろう、と思うわけですが、日本では本当にそんな現象が見られる
        様になってしまった。そんなわけで日本こそが「高度資本主義」に対する問題意識が
        かつて予言していた、資本主義の究極の姿として現在、立ち現れている様に見える。
        まあ、私が韓流問題やAKB問題を、これはヤバイ、と思って批判していたのは
        そんな問題意識としての背景があったわけです。
        そしてついにはハロプロもそこに呑み込まれてしまった、という事。
      • 0
      • 206. 長文の人
      • 2018年11月11日 12:47
      • 「ものづくり」の国の中で一番力を握っているのが広告代理店なのだから、これは
        不可避的で仕方のない事だったのかもしれない。しかし、その事実がはっきりして
        しまえば「興ざめ」してしまう。現在はそんな心境ですね。
        これは以前も書きましたが以前の広告代理店はここまであからさまではなかった。
        広告コピーひとつ取っても、「わかる奴だけわかってくれ」といった選民的なものが
        多かった。つまりは「センス」が問われる職業ではありました。
        しかし、現在はもはや違う。「センス」ではなくまさに「力」です。
        「物量」であり、「枚数」であり、「回数」です。
        「量」や「数」だけを制すればそれでいい、という暴力的なものになっている。
        その意味で現在のハロプロファンまでもが「内容」を語れずに「枚数」や
        「視聴回数」が判断基準になっている様な現状に危機感を覚えます。
        私は「センス」に長けた人達が集う「ハロプロ」というものに惹き寄せられていた
        側面も少なからずあるはずなので、「幻滅」は避けられない。

        そんな「補足説明」でした。ではでは。m(_ _)m
      • 0
      • 207. 管理人
      • 2018年11月11日 18:52
      • ※206
        >>「ものづくり」の国の中で一番力を握っているのが広告代理店なのだから、これは
        >>不可避的で仕方のない事だったのかもしれない。しかし、その事実がはっきりして
        >>しまえば「興ざめ」してしまう。現在はそんな心境ですね。

        さすが
        鋭い切込みですよね~
        相変わらず・・・

        そうなんですよね~
        陳腐な比喩になりますが
        「騙すなら最後まで騙して欲しい」という
        浮気された奥さんのような状態で

        以前は
        旦那は「浮気」を隠そうとしていたが
        鋭敏な奥さんはその「旦那の浮気」に気づく
        でも今は
        旦那は大っぴらに「浮気」を隠そうともせず
        「浮気して何が悪いんだ!!」と開き直っているような状態で

        奥さんからしたら
        ・呆れ果てて
        ・返って冷静になってしまう

        テレビも
        さんまさんがヤンタンで言っていたました
        「昔のテレビは夢があった
        今はネットでもなんでもわかってしまうので
        返って不幸な時代だ」
        というようなお話し

        これも
        以前は
        広告代理店が国民を「手のひらで転がしている」のが
        分かる人だけわかった
        でも
        今は
        広告代理店が国民を「手のひらで転がしている」のが
        みんな分かってしまう

        さらに
        テレビも「嘘だらけの世界」であることが
        バレてしまっている

        なので
        今の視聴者は
        ☆テレビを見たくてテレビを見る
        ことよりも
        ☆BGMとしてテレビをつけているだけの人
        が増えてしまった

        そして
        視聴率の計算方法まで変わってしまった

        ---

        2018年、テレビ視聴計測が変わる。それは、広告業界の「平成」が終わる準備かもしれない。
        https://www.advertimes.com/20171225/article263425/

        ---

        今の方法は
        以前よりも
        かなり数字が高くなるように計算方法が変わって
        それが正しい方法・・・ということらしい

        (続く)
      • 0
        • 208. 管理人
        • 2018年11月11日 18:53
        • (続き)

          なんにしても
          以前は
          ☆テレビばかり見ていた
          なので
          「テレビを見ると馬鹿になる」とかいうお話しを聞いても
          イマイチ
          ピンとこなかったですけど

          今は
          ☆全くテレビを見なくなった
          でも
          テレビを見なくても
          全然問題が無いということが
          逆に分かってしまった

          それどころか
          テレビの悪影響の部分
          これを被らないので
          返って
          テレビを見ない方がいいのかな~
          くらいな感じですね~今は・・・

          でも
          親はテレビのいいところを
          営業?してきますけどね~

          「ほらこのクイズ
          勉強になるでしょ?」とか
          言ってくる・・・

          「確かに勉強になるけど
          別に知らなくても困らない気がするけど・・・」
          というようなラリーが展開されますね~

          なんにしても
          広告代理店は
          大衆をある一定方法に向けさせてこそ
          パワーを発揮することができるので

          テレビなどメディアのパワーダウンは
          大きな問題で
          それこそ「死活問題」なんでしょうね~
          (*^^*)
        • 0
      • 209. 癒して名無しさん
      • 2018年11月11日 20:50
      • 凄いー凄いー女優がージャニーズがー再生回数がー(笑)

        NHKがー電通がー闇がー(笑)
        でも番組出ればわーいわーい(笑)。

        あほらしい
      • 0
      • 210. 癒して名無しさん
      • 2018年11月11日 21:47
      • ↑嫉妬してるお前の方があほじゃんw
      • 0
      • 211. 長文の人
      • 2018年11月13日 11:48
      • ※207
        貼って頂いた記事を読ませて貰ったんですけど、興味深いですねぇ。
        といっても皮肉でしてw、書いてる人が広告代理店の人なんで、
        新時代を期待してる様に見せかけながら、本音としては旧式メディアの
        潜在的パワーの強調になってしまう。
        この人の他の記事も読みましたけど、すべてその論法です。
        実際のところは※208に書かれている様に、完全にパワーダウンしてますからねぇ。

        「テレビを見るとバカになる」はテレビの黎明期に大宅壮一が言った言葉で、
        今から考えるとその先見性は凄いなあ、と思うんですけども、少なくとも前世紀
        までのテレビには「娯楽」としてならば楽しめる価値はあった様に思います。
        それが今世紀に入ってから、となると「娯楽」と割り切っても面白くない。
        かといって「ネット」も面白かったのは一瞬で、今は面白くない。
        面白くないからネットが一番面白かった時期の「チャット」の様なものをここで
        再現できたらなあ、なんて、もちろん本気で思ってるわけではないですけども、
        焼け石に水と知りつつ、参加者を集ってみたりしてきましたw
      • 0
      • 212. 長文の人
      • 2018年11月13日 11:49
      • 「テレビを見なくても全然問題が無い」、これは私の場合、地デジ騒ぎの時に
        無駄なアンテナなんて買いたくないからw、意図的に乗り遅れて様子見てたんです
        けど、その時に確か数週間くらいで悟りましたねぇ。
        まず、そのせいで他人と「話が合わなくなる」事は全くない。
        オリンピックみたいなでかい話題ですら、いや、でかい話題こそネットでタダで
        観れるから何の心配もいらない。そして、ちっちゃな話題なんてものは日常会話に
        まず出てこない。これは現在テレビを観ている人だって、それを他人との会話の
        コミュニケーションとして使おうなんて元から考えてないからなんですよね。
        単にゲームやネットと同じ様な「個人的ツール」として観ているだけ。
        結果、ネットでは「実況」の様な形態が一番盛り上がる。一人で観てるだけでは
        つまらないから同じものを観てる人同士で「実況」しながら楽しむ。
        しかし、ネットに書き込みしながらテレビを観る、という行為自体が、要するに
        「片手間」で観ている、というテレビ番組の「軽さ」を証明してしまっている。
      • 0
      • 213. 長文の人
      • 2018年11月13日 11:50
      • まあ、私はこれらの現象を悲観的とは全く捉えていないですね。
        むしろ「快適」かもしれない。他人とのコミュニケーションのためだけに一度は
        観ておくか、みたいな「無駄」が昔はありましたからねw
        今は全く必要ないんで快適です。快適過ぎて、ますますテレビからは離れていく。
        この現象を「芸能」や「スポーツ」に当てはめて考えた場合のみ、少しは悲観的と
        言いますか、淋しい感じはしますけどね。
        「モノホン」というネット番組も娘。の太鼓の演奏が終わったところまでで、
        あっさりと挫折してしまったw

        こういう時代になると一番困るのは広告業界なんで、その意味では広告代理店が
        一番強くなってしまった日本という国の産業構造が根本から変化するかもしれない。
        だとしたら悲観どころか大歓迎の話かもしれないですよね。
      • 0
      • 214. 長文の人
      • 2018年11月13日 11:51
      • という事は、芸能はますます衰退するだろうけども、それを守るために旧式構造を
        応援する、というのは本末転倒と言いますか、むしろ全部ぶっ壊れた焼け跡からの
        復興を考える方が夢がある。上手い具合にリアルタイムでない「芸能」ならば今は
        いくらでも享受できる時代でもありますからね。
        テレビを未だに観てる人だってリアルタイム視聴ではなくて録画なんだからw、
        だったらYouTubeはもちろん、安い昔の映画のDVD買ってくるとかね、いくらでも
        「観る娯楽」が必要となれば過去の膨大なアーカイブが用意されている。
        うん、案外、いい時代なのかもしれませんねぇ。ではでは。 m(_ _)m
      • 0
      • 215. 長文の人
      • 2018年11月13日 12:08
      • ※209
        フフフ氏はさすが、読解力があるなあ。(^^)
        私が長々と書いている文章の中の「現在のハロヲタに向けた皮肉」の部分を
        簡潔にまとめれば、※209になりますよw
        ただし私の記事のところに書く時は名前入れるように。^^

        またアク禁を求められてる様だけども私は完全に擁護しますよー。
        「皮肉」がダメで「個人攻撃」は良い、なんてね、私は意味わかんないですから。
        まあ、常に私やフフフ氏を追い出そう、という人が数人いるわけよ。
        理由は「アンチ」だからw 私やフフフ氏みたいに、しっかり応援する対象を明確に
        していて、実際に応援を書き綴っている我々がアンチなわけがない。
        アンチだー、って言ってる人達は何も明確ではない、というね。

        それくらい管理人さんもわかってると思うよ。
        だって管理人さん自身が皮肉いっぱい込めた見解を今まで沢山書いてるんだからw
        本当にハロプロが好きなら皮肉や文句のひとつも書きたくなります。
        それがダメ、なんて言ってる人は、本気でハロプロの事なんて考えてない。
        むしろ「考えたくない」というね。そんな人間はファンじゃないでしょw
        だってハロプロの事、考えないんだからw 笑っちゃうよねぇ。(^^)
      • 0
      • 217. 長文の人
      • 2018年11月13日 16:05
      • 管理人さん※216の削除をお手数ですがお願いします。<(_ _)>
      • 0
      • 218. 癒して名無しさん
      • 2018年11月13日 20:35
      • さすが、電痛工作員のフフフッと事務所アンチの長文爺は気が合うなw
        アンチは妄想・決め付け・皮肉じゃないと叩けないのが痛いわ
      • 0

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